Shooting Star






 馬車を降りると同時に、髪の毛を揺らして斎藤がふ…と空を仰いだ。

「どうした」

「……」

 俺には応えず、斎藤は金の瞳を細めさせて、雲が暗い空をいくのを追っている。

「………先に戻っていろ」

 なにかに飢(かつ)えたような低い声。

 ――――――さては血の匂いでも嗅ぎつけたか。

 思いながら俺は斎藤の唇に軽く口づけて、目を瞠った従者に構わずひとり内務省へ入っていった。

 煉瓦のアーチをくぐる頃には、斎藤の姿は跡形もなかった。






 斎藤が殺しを仕損じることはなかった。俺の周りは元新撰組の幹部という肩書きをもつ斎藤の存在を酷く煙ったが、斎藤を傍らに置いてから俺が左右している仕事に支障を来たしたことはない。

 よって案ずることはないと言ってもやむことのない罵声に斎藤が屈する男である筈もなかったが、彼らが煙っているのは斎藤ではなく、寧ろ衆道に塗れ彼を抱き込んだ俺ではないかと疑っては鼻で笑う日々が続いている。

 だから俺は斎藤が単独行動に出るときも、止めはしない。否、彼のそういう動きは彼以外の人間に止められるものではないのだ。「あれは人斬りではなく人狩りだ」と、いつか誰かが言っていたのは斎藤の性質をよく表していると思う。

 予(かね)てから務めていた密偵という役目柄、斎藤が動くのは殆どが夜だった。機密情報の収集と伝播分散そして暗殺。

 いままでに消された闇の仕掛け人の数は既に府県のそれを越えている。あの剣の切っ先をさし向けられて、常態でいられた人間がどれぐらいあったか。

 考えなくとも解る。零だ。ありえない。彼の瞳が正義に燃え盛るのを正面から受け止めきれたと思ったときが、絶命時なのだ。なぜなら彼は生きてここに戻るのだから。

 必ず。

「………、…」

 空気が変わって、俺は書類をみるために俯かせていた頭をあげた。

 そこには上着を肩に担ぎ、黒のTシャツ姿となった斎藤が立っていた。

 風とともに室内に吹いてくる血と若い男の匂い。

 金色の目を煌かせて、人斬りだけでは満たされず持て余した熱い躯を抱かれにきた美しい獣。

 手にした日本刀は、僅か一瞬たりとも油断でもしようものなら真っ先に俺の首を獲りに来るだろうために、毎夜人肉を裂いて研ぎ澄まされている。

 こうして俺を誘いにくるのは、俺を見極めるためか?それとも――――――

 俺は立ち上がり、近づいてきた斎藤の腕を取って肩を押し、机に押し倒した。

 刀が床に転がる音。続いて、俺の手から零れた書類が床へ舞っていく。

「……っ」

 噎せ返るような血の香りが鼻をつく。死臭ではない。どこか切ったのだろうか。俺はいぶかしみ机の上に投げ出された伸びやかな腕や脚を触ったが、普段と変わりなかった。

 ああそうか。

 俺は、切れた唇をぺろりと舐めている斎藤の舌に唇を重ねて彼の血を舐め取り、そのまま口付けて口内を犯した。鉄と彼の味がする。

「ふ…んん、…!」

 犯しながら俺は服を肌蹴てやる。尖った爪で、張りのある肌を傷つけないように慎重に指を動かす。

 そして舌を抜き、現れた彼の素肌にそれを待ち焦がれていたように唇を落とした。

「は……」

 愛撫に撥ねる膚に戯れながら胸骨を下り、臍の周りを一周してそのまま更に降りて、ズボンも下着も取り去ってそこで既に膨らんでいる彼を頬張る。

「あ…」

 やがて彼は躊躇いがちに俺の頭に震える両手を置き、俺の髪の毛の間に通した指をぎこちなく頭皮に滑らせて、彼を口内で玩ぶ俺の髪の毛を引っ張ったりした。俺の髪の毛が乱れれば乱れるほど激しくなる愛撫に、彼の息も上がっていく。口角から零れ落ちた彼の迸りを俺は指で掬って、俺を待っているかの箇所へ塗りつけた。

「!」

 ぴくんと跳ねる躯がいかにも生々しくて、俺はより深みを探して指を進める。無論、彼の前を貪ることも忘れない。敏感なところを両方攻められて、俺の下の体はもがき、喘ぐ。

 狭いそこを無理に掻き分けると爪が肉を突付いて、彼の細い腿が俺の頬を挟んでなにかを訴えてくる。自然と覚えた動作だろうか。そう思いながら軽く鼻で笑うと、俺の顔前で細かく戦慄(わなな)いていた鍛えられた腹筋がぐ…と力んだ。

 そして俺が強く彼の前を啜ると、斎藤はびくりと背中を反らせて俺の口内で達した。すべてを、俺は飲み下す。

「あ……ぁ………っ…」

「……斎藤」

 残滓を舐めながら、彼の名を呼ぶ。

 歴史上の意義を既に喪った名前を。

 だがお前は生きている。いま、ここで、俺の目の前で。まるで俺に赦しでも乞うように従順な形(なり)をして、俺に抱かれている。

「…………」

 いや。

 従順なのは、一度解放してやった“彼”を未だ離さず、こうして狂ったように口付けて舌を這わす俺のほうかもしれないのだ。

 魚(いお)が水を求めるように。

「………」

「…おくぼ……」

「………」

「ぁっ、も…やめッ!」

「フ…」

 俺はいったんそこから顔を上げて机の端に腰掛け、腕を伸ばしてきた斎藤と再び唇を合わせた。斎藤から俺に移った血の香りは不快ではなく夜を貪りあう俺たちには相応しくさえあると思った。

 深く口付けながら……彼の舌を絡め取りながら、俺は斎藤の躯を机から俺が腰掛けている位置へとゆっくりと移動させる。

 そして躊躇うことなく俺に従ってきた斎藤の体を自分の膝の上へ抱え上げた。斎藤の膝のうしろに手を入れて、先ほどまで俺の指を入れていたそこに己をあてがった。

 いきり立った欲望を捩(ね)じ込んで情欲を注ぎ込めば、若い躯は漸く満足するのだ。

「ん、くぁっ…!」

 ぬるり、と入ったかと思うと次の瞬間にはきつく締め付けてくる。そのうえで胸の突起をこのうえにないほど優しく嬲ってやれば、彼はあっという間に俺の手中に降りてきて、俺の侵入を助ける。

 ふる……と小さく頚(くび)を震わせて俺を飲み込んでいく姿は、酷く淫らで艶(あで)やかである。滴る彼に掌を沿えて更に追い詰めながら、俺をなかへ押し込める。完全に入ったところで、斎藤は大きく胸を喘がせた。

 そのときジジ…と音をたてて、ランプが消えた。室内は、窓から入る月明かりよりほかは通さない暗闇になる。

 視界には、斎藤の白い背中と脚だけがみえる。

 俺は斎藤を揺さぶった。途端に挙がる嬌声。

 省内にはまだ人が残っている。さらに云えば、この部屋の窓は開け放たれている。

 だから思い切り聞かせてやろう。彼の俺の、繋がりの意味を。

「ア!…あ、あ、あ、」

 彼の背中を汗が流れていく。おそらく形の良い額には脂汗が滲んでいることだろう。俺の動きと共に上下に振れる髪の毛までもが熱くなっている。

 日中、どんなに不機嫌だろうと彼が俺を拒むことはないし、その逆もない。

 ちょうど流星が遠い天から落ちる運命(さだめ)を甘んじて受けるように、彼もまた、あとはただ墜ちるだけの俺を受けとめるのだ。

「………」

 斎藤の汗が、彼の仄白く浮かび上がった肌から弾け飛んで、月影を含みながらに光った。その光景があまりに美しくて、昂ぶった俺は彼のなかへ放っていた。

 そのあとを、彼が追う。勢いよく彼から吹き出た精が俺の指の間を抜け、闇のなか、鈍く煌いて緩い弧を描き宙を縫っていくのを恍惚とした眼差しで追いながら、俺は倒れてくる背中を抱きとめて肩に唇を寄せ、決して伝えぬと誓った言葉を艶めく肌膚(きはだ)に埋め込んだ。





 剣砥ぎ命を吸い取って ひかり輝く宇宙(そら)と為れ




BGM by BANG/Shooting Star