闇夜






闇夜(あんや)――――――――

それは魔性の息づくとき  遥か  地平の彼方

たとへば貴方を腕(かひな)に抱いたやうな

これは夢か  されどいま

貴方は私の胸に鳴く







 部屋の中は暗かった。あるのは、互いの様子が漸く確認できるほどのランプの灯りだけで、他の一切は見えなかった。

 案外それが目的なのかもしれない。未来も現実もこのときだけは忘れ果て、肉欲に己を埋没させるための演出さえ、この男は拵えることができるのだから。

 そう思いながら、肌蹴られた俺の肌に掌をあてがいつつこちらを覗き込む大久保を睨み上げた。

 大久保は無言のまま、唇を吊り上げる。冷たい目に射抜かれるのは、既に瞳だけではない。

「ン……」

 辛いのか甘いのか、分からない口づけ。上辺だけなら、こうまで浸ることはないのに。

 舌が絡め取られる。大久保の掌が俺のシャツを更に上のほうへ捲って、胸に触れてくる。もう片方の手が腰からベルトを抜き取って、ズボンを下ろし、裸になったそこを撫でまわした。

 酔いそうだ。

 こいつの掌は冷たいのに。

「は、ァ、」

 口内を舐めながら、大久保は下の方の手で“俺”を弄ってくる。

「く…!」

「素直じゃないか。どうした」

「…ッ、ッ、」

「違う部屋だから、か?」

「だ…れがっ…ンぁ…」

「それともこうされるのを待っていた、とか」

 言いながら、大久保は俺の両手首を掴み上げて、紐か何かで寝台の柵に括りつけた。腕が伸びきって、胸を大久保に向けて反らす格好になる。

「!!…やめ…」

「なら、なぜ抗わない…」

 大久保は溜め息をつくように笑った。仄かに灯されたこけた頬は、余計こそげてみえた。

 ズボンが剥ぎ取られる。胸のシャツは突起が見えるところまで上げられているから、体の殆どを大久保に晒していることになった。

「っ…」

 大久保の髭が触って、次にはそこを吸われていた。じっとりと、痕をつけるのが目的であるように。

 それだけで俺は反応してしまう。びくりと震わせた膝を、大久保は開いた。

 指で充分に奥を慣らしてから、大久保が入ってくる。幾度味わっても、慣れない感触に、俺は息を詰めた。

「く…ッ」

 そしていきなり腰を押し付けてくる。腰を使いながら、俺を突き始めた。

「!…やぁ…っ」

 動くたびに、寝台が細かい音を立てる。狭い空間で、俺の声と混じっていく。

 肉壁が擦られて、俺も内側でやつに絡みついているのが分かる。狭いそこを、大久保が拡(ひろ)げていくのだ。あまりの熱に、俺は目を閉じた。

「フ…」

 低い声。鼻から漏れるその笑いに、また膝が震える。

 大久保は体を起こして、天を睨んで今にも泣きだしそうな俺の雄を掴んだ。冷たい掌で。

「んんっ、アア…!!」

 その手が動き出すと、俺は操られたかのように縛り上げられた手首の紐を引っ張って、訴えるしかなかった。助けてくれと。もう、許してくれと。

 だが目の前の男は、満足そうにほくそえむだけなのだ。最初に会ったときにみたのと同じ貌を、俺に向けてくる。視界が、潤む。

 そのたびに悔しさを覚えた。やつとの格差に。

 景色が違う。なのに、大久保は、初めて会ったときから変わらないままだ。冷たい肌も瞳も、そこに流れる血もなにもかも。

 変わったのは、俺のほうだ。

 あんたが変えた。土方さんすら変えられなかった俺を、いとも容易く捻くって。

 俺を縛り付けた。―――――ここに。

 離れられないように。

「ん…」

「いい子だ…」

 俺は既に大久保に捕われていた。こうして、薄い背中に自分から脚を絡めてしまうくらい。

 再び覆い被さってきた大久保の動きが激しくなる。俺が耐え切れなくてひとりで吐精してもランプの油が切れても止まらずに、大久保は髪を乱して俺のなかで、自身を出しては埋め込んだ。





「藤田君」

 呼ばれて、俺は俯けていた顔を上げた。振り返ると、上司が扉を開けて立っていた。

「はい」

「大久保卿が博多へ向かわれる。警護をし申し上げるように」

「…は」

 それだけ言って、上司は去った。俺は静かに息をついて立ち上がり、誰もいない部屋で、手袋の上から手首に残る紐の痕に重なるようにそっと唇を押し付けた。

 標的は前参議・江藤新平。

 こののち、わずか一週間で大久保は佐賀の乱を制圧し、掌中に日本を収めることになる。

 勝利への幕開けだった。西南からひた向かう大久保への憎悪とともに。

 だが、そんなものは俺が打ち払ってやる。

 あいつは誰にも渡さない。





闇夜――――――

ここは魔性の息づく底  微(かす)か  地獄が馨る

夢などではない  緋い血汐(ちしお)が肌膚(きはだ)を染めて

貴方の御魂(みたま)を喰らふのだ  いつか  知らないところで

ほかの誰かに殺されるくらいなら

俺の  腕(うで)の  なかで死ね





        
引き揚げる