Diary & Novels for over 18 y.o. presented by Reica OOGASUMI.
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繰り返し囁かれた言葉。 繰り返された行為。 どうして、と思うほど こういう時間のすべてが愛しい 午後は雨。窓に打ち付けられた雫が下へ下へと流れてガラスを洗っていく。 大久保と私はベッドのなかでその音を聞いている。 睫毛を伏せて、それでも目の前のひとの体をみて様子を窺い、 抱き締められて分かる彼の香りについに瞳を閉じる 腕を伸ばし 羽を広げ 私は空へと飛んでいく 彼と私だけが描ける世界の 透明な 透明な 祈りに乗って どこまでも 繰り返される言葉。 繰り返される行為。 どうしてと思う間もなく お前のすべてが愛しい 朝日がまぶしくて目が覚めた。 一日ぶりに、体も快晴。 「おはよう」 木戸さんが起きてきた。 「おはようございます」 「もう平気なのか?しかもそんな薄着で…」 木戸さんは寒がりらしく、この頃はカーディガンを羽織って起きることが多い。対して、俺はシャツ一枚に薄いセーターを着るか着ないかなので、木戸さんの目には不思議に映るようなのだ。 「ロシアはもっとずっと寒いですよ」 「…それはそうだが」 俺の答えに木戸さんは苦笑した。 秋が過ぎ冬を越え、寒冷の地で迎える春は、なによりも貴重なものなのだ。鹿児島で生まれ育った俺は、ドイツに行って初めてそのことを知った。冬は暗く、空はいつも曇っていて、風が本当に身を切り裂いていく。手指も凍りつきそうな気温。 けれど温かい室内で窓の外を眺めれば、一面の白が俺達を包み込んでいた。 「懐かしいですね」 俺は言った。 「…クライトベルクのこと?」 「ええ」 「そうだな…」 木戸さんに会い、木戸さんを抱いて、ふたりきりで過ごした時間が蘇る。閉ざされた空間で俺達は、なにものにも遮られることなく愛し合った。 「帰りたいか?」 俺のほうに体を寄せた木戸さんが聞いてくる。その体を俺の片腕が抱き締める。 「いいえ」 俺は答えた。木戸さんは俺の腕のなかで微笑む。 「お前らしい……」 帰らなくていい。たとえどんなに美しい思い出のなかであっても、そこにいまの貴方はいないのだ。 貴方も俺も、過去ではなく、いま、ここにいるのだから。 俺はすっかり熱が引けた。 まだ眠っている木戸さんの肩にきちんと布団をかけて、ベッドを出て、うーんと伸びた。 今日は金曜日。さっさと仕事を終らせて、食事にでも行きたい気分だ。俺が病み上がりなのを気にした木戸さんが、俺に食事は作らせてはくれないだろうから。 振り返って俺は木戸さんをみた。 「………」 表情も穏やかだし、風邪のぶりかえしもなさそうだ。よかった、と安心する。 「……………」 TVでみる木戸さんは凛々しい。けれどベッドでぐっすり休んでいる木戸さんはあどけない顔をしていて、このまま閉じ込めたい気分になる。議論の得意な彼が凛々しいのはもちろんだが、実はこちらから話し掛けない限り結構無口で、自分でじぃっと考え込むひとであることは、あまり知られていない。なにせ木戸さんは日本のアイドルだから周りが放っておかないのだ。写真集まで出るなんて、まったく俺の木戸さんなのに… …といいつつ、俺ももっていたりするのだが(しかも木戸さんに頼んで表紙に直筆サインを書いてもらった激レア品)。 『私の写真なんかみて楽しいのか?』 『とても楽しいです。ほかのひともきっと同じ気持ちです。』 『…楽しい気分になるのなら、構わないのだが……なにも剣道場まで隠し撮りされなくてもいいじゃないか…』 『確かにプライバシーに触れることですが、貴方の寝顔は私が守りますから』 『…ばかっ』 思い出して俺は肩を震わせて笑った。ベッドの上が動く気配がして振り返ると、木戸さんが 「う……ん…」 と寝返りをうつところだった。 俺は足音を忍ばせてそっと枕もとに近づく。 この寝顔は俺が守りますから。 「……」 木戸さんを起こさないよう俺は上体を折り曲げてまだ眠る彼の額に口付けた。 大久保が風邪をひいた。 「くしょん」 昨日風邪をひいていた私は寝ている間に沢山汗をかいたので、今朝はすっかり治っていた。だから、 「今日はお前が休みだな」 と、言ってやった。 大久保は鼻を啜って、ぐず…となっている。 「くしょん」 「さぁほら、寝た寝た」 私は何故か上機嫌である。いつも腫れ物のように接されているのが逆転して嬉しいらしい。大久保は叱られた子犬のような顔でそんな私をみた。 「木戸さんが看病して下さるのですか?」 「帰ってきてからはそうなるよ」 「ひとりで寝るのは嫌です」 「……なんの話だ」 「ですからつまりそういうっ、くしょん」 「そこまで言えるならひとりでも平気だろう?」 「……」 し〜ん。 大久保はずず…と鼻を啜りながら項垂れてしまった。鳶色の髪の毛がぱらりと揺れる。 …少し、言い過ぎたかな。 苦笑して、私は大久保の広い背中のほうへ廻り、彼の背中から彼の胸のほうに腕を回し、突然の私の行動に強張った大久保の背中に額をあてて静かに言った。 「昨夜はありがとう」 「……いえ…」 昨夜大久保は私が熟睡している間中、こまめに私の体の汗を拭いたり着替えをさせてくれたようだった。そんな大事にしてくれなくていいのに、と思う反面とても嬉しい。この我侭な矛盾さえも。 私は続けた。 「お前はいつも私の世話ばかりしているのだから、たまには役目を交換してくれたっていいだろう?」 大久保の背中がぴくりと反応する。 「……木戸さん…」 同時に大久保の掌が、彼の胸に回した私の手を包んだ。大きくてそのくせ冷たい指―――――私はこの指がとても好きだ。彼の広い背中も、低い声も、とても好きだ。 「大久保」 「はい」 「なるべく早く帰るから」 「…きっとですよ」 「うん」 「待ってますから」 「…うん」 帰る場所などないから大丈夫。お前の待つ、この家のほかには。 1 / 4 >>
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