Diary & Novels for over 18 y.o. presented by Reica OOGASUMI.
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      最終更新21th Sep.2021→「Balsamic Moon」全面改装


 木戸さんが風邪をひいた。

「くしゅん」

 どうやら俺の目を誤魔化してでも出勤しようとしていたようだが、もちろんそんなことが叶うはずもない。

「くしゅん」

 陶器のような肌が上気して吐く息が僅かに荒い。ただの風邪なら良いのだが、木戸さんは俺に比べて病弱だから注意しなければならない。

「お風邪、ですね」

 今日の木戸さんの予定は出張も会議でもなく、ただ事務所で書類に目を通すだけだったはずだ。

「平気…だ」

「声が掠れています」

 言いながら俺は木戸さんの痩せた肩にカーディガンをかけ、彼に体温計を渡した。木戸さんは無言でそれを脇に挟む。

「7℃以上あったら木戸さんはお休みする、と坂本君に電話しましたから」

「な……」

 普段彼の体温に触れている俺には、いまの木戸さんが7℃以上あることなど分かりきっている。

「吐き気とかありますか?」

 木戸さんはふる…と横に首を振った。

「普通のもの、食べられると思うから…」

「分かりました」

 言って俺は、彼に悟られないように隠し持っていた薬包を自分の口に入れて水を含み、木戸さんにぐぐっと近づいて口移しに薬を飲ませた。

「!!!」

 味が伝わった途端、木戸さんの体が俺の腕のなかで強張る。…そう、口移しで飲ませたのは強烈に苦い漢方だったのだ。

 木戸さんは甘いものなら喜んで食べるのだが、苦いものはからきし駄目なひとである。つまりこうでもしなければ飲んでくれないのだ。

「……」

 舌を絡め顎を押さえて無理矢理飲み込ませ、俺は彼の脇から体温計を取り出して体を離した。木戸さんはこの世の終わりのような表情でそこに固まってしまった。いまにも泣きそうな顔の彼に、俺は追い討ちをかける。

「こんなものは二度と飲みたくないでしょう?」

 こくこく。

「では大人しく眠っていて下さいますね。お熱も38度2分ですし」

「……」

「でないと、もっと苦いのをみつけてきます」

「……知能犯」

 そこで彼は漸く笑ってくれた。

 どうかこうやって微笑んでいてください。

 俺のとなりで、いつまでも。
autor 覆霞レイカ2014.02.13 Thursday[16:25]
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