Diary & Novels for over 18 y.o. presented by Reica OOGASUMI.
Sorry,this blog is Japanese only.
最終更新21th Sep.2021→「Balsamic Moon」全面改装 国民の皆さん、こんばんは。日本一かわいくて強い刑事、日野警察署巡査部長の沖田総司です。
毎日、日野市民の平和の為に市内を駆けまわったり、鬼上司に甚振られたりどつかれたりしていますが、今夜は飲み会です。僕にだって、飲みたくなる時があるのです。 「何やってんだよ、沖田」 「あ、斎藤さん、電話終わりましたか。今のは挨拶の練習です」 「挨拶ぅ?電話は終わった。もう着いたとさ」 「じゃぁ始めようぜ腹減った」 永倉さんが、恨めしそうに目の前の生ビールがたっぷり注がれたジョッキを見つめている。僕もおなか空いた。じゃ、せーの、 「かんぱ〜い!!」(×3)
の掛け声で始まった飲み会は、実に一年ぶりなのだった。丸氣町の大通り交差点から少し入ったところにある料亭「葵屋」の、カウンター席も座敷も今夜は満員で。 「斎藤ぉぉぉぉぉ〜」 と、飲み干したジョッキを勢いよくガンッと置くなり、永倉さんが彼の左隣の斎藤さんに抱き付くように、いや文字通り抱き付いた。 「済まなかったぁぁぁぁ〜」 「って、なん……零れ…るっ、て、おい!」 いきなり何だよ、と言いながら、わたわたする斎藤さんを僕と永倉さんが、斎藤さんを挟む形になって、僕は仰け反る斎藤さんの左手から、今にも零れそうなジョッキを掴んで代わりにカウンターに下した。 斎藤さんは今日で禁酒解禁だそうで、だから大久保さんと連絡して、ちょうど斎藤さんと会いたがっていた永倉さんを誘って、僕らは仕事を早めに切り上げて京王線に乗り、斎藤さんと大久保さんの愛の巣億ションから歩いてすぐ近くにある、ここ「葵屋」に三人で集まることにしたのだ。 今夜の斎藤さんは、いつもの彼らしく、キャリア組とは思えぬほどのラフな格好である。仕事帰りの僕と永倉さんの方が十分に堅苦しい。こうやって僕らに気を遣わせないようにするのが、彼の良いところだ。 斎藤さんにはお姉さんとお兄さんが一人ずついて、お姉さんは僕の姉さんと中学高校の同級生かつママ友、お兄さんは東京地方検察庁特別捜査部(いわゆる特捜だよね)のエリート検事だ。何度か会った事があるけれど、顔だけが美しいどこかの鬼上司と比べて、表情も物腰も物凄く穏やかで、にっこり微笑んで「頼むよ、一」なんて言って弟の斎藤さんとも仲が良くて、署中が「斎藤さぁぁぁ〜ん」てなった。 だからこの、永倉さんの「斎藤さんコール」は、良く分かる。見た目の割に癒し系なんだよ、この人。警察学校時代、永倉さんと同期だったことで、斎藤さんがうちの署に派遣されていた時も、曲者揃いの署内にすーっと馴染んでたし、警視庁のキャリア組なのに、僕らノンキャリにこんなに気さくに付き合ってくれる。 「いいひと。」なのはお兄さん譲りなのかも知れない。元気すぎるお姉さんとはちょっと雰囲気が違うよね、と言う話を大久保さんとFacebookでしている事は、Facebookをしていない斎藤さんには内緒である。(ちなみに僕と大久保さんは数年前からのFacebook友なのだ、ふっふっふ) 「永倉さん、急に抱き付いたらダメですよ、いくら嬉しいからって」 「違ぇよ沖田、俺は今日、斎藤に謝りに来たんだ」 俺はどうしても謝らなければならない事がある! そう言って永倉さんは、カウンター席だと言うのに左隣の斎藤さんに向かって、座位ではあるがきちんと両膝の上に拳を載せて、深々と頭を下げたのだった。 「斎藤……本当に済まなかった」 「……何か、あったのか?」 「あった。ありまくり」 あ、本気だ。 永倉さんの目が本気になってる。本気になると彼は、彼方を見つめるような瞳になるのだ。 その本気の目で、永倉さんは語った。 「……俺はお前のことを、正真正銘の男だと思っていた。俺は刑事なんだぜ。それが……お前をさんざん飲みに誘って、利春くんに何か障害が出たらどうしようと、そればかりを考えてる」 げほっ! 今度は斎藤さんが咽た。綺麗なアイボリーのカーディガンが大きく揺れる。長めのそれは麻で、さらさらしてる。 「あっはははは!」 耐え切れず、僕も笑ってしまった。ひたすら頭を下げる永倉さんと、ひゃっひゃっ、とお腹を抱えて笑い出す僕に挟まれて、斎藤さんが困惑してる。 「なっ……何だよ、お前ら……沖田…笑いすぎだろ!永倉は真面目に謝ってるんだぞ、…べ、別に謝る必要は…無…いんだが」 「ん?謝らなくて良いのか…?」 「謝るような問題じゃないだろ、別に……俺だって、俺が女だなんて知らなかったんだし…(ぶつぶつ)」 「あ?なんだ斎藤。聞こえねぇ」 「聞かんで良いっ」 「?? 訳分からんヤツだなぁ。とにかく、利春くんは元気なのか」 斎藤さんは、僕が押さえ込んでいた彼のビールジョッキを取り上げて、ぐいー、と飲み干し(おお〜)、はぁ、と一息ついた。 「元気すぎて、今頃岩倉邸で夜泣きしてるぜ、きっと」 「岩倉邸って、丸の内にある岩倉邸の事ですか?さっき電話してたのって、岩倉邸に着いた大久保さんだったんですか?」 「そ。あいつ、トシを自慢しに岩倉邸に行ったんだと。岩倉コーポレーション会長の、具仁(ともひと)親王殿下に」 皇族である。皇位継承第七位でとして出生したが、その後皇籍を離脱し岩倉家に養子に入ったものの、再び皇籍を回復した。 「すっげー」 永倉さんが、二杯目のジョッキに口をつけた。流石、キャリア兄弟斎藤の息子だ、生後二か月にして大物だなぁ、俺も見習わなきゃな。 僕は、ここで釘を指さなきゃならない。 「いえ、見習わないで下さい。永倉さんにはこれからも、正々堂々と、僕の二の舞になっていただきます」 これからも鬼上司にいびられる人生が待っているんです僕と一緒に! そこまで来て、僕と永倉さんは、ぴっと視線を合わせた。 「聞いてくださいよ斎藤さん、大ニュース!」「聞けよ斎藤、大ニュース!」(同時に、ナイスコンビで) 左右両方から、しかも所轄刑事二名からの「大ニュース」に、斎藤さんの鋭い眼尻がきりっと上がった。眉を顰めた表情で、彼は左右、僕と永倉さんを見比べて、彼のトレードマークである金色の瞳が、警視の目になる。今年の秋に、警視正に昇進の予定だそうだ。お兄さんと同じく、彼は矢鱈と頭が良い。仕事で一度見たものは人だろうが文字だろうが、確り記憶して忘れないと聞く。だから、実際は現場捜査向きなのだろうが、キャリアがついて回る人だ。……おまけに、今は皇族で唯一、民間の大企業に勤めて(ていうか会長職)、世界中にコネクションを持っている具仁親王殿下の右腕をしている大久保さんがついている。 だけじゃなくて、大久保さんは、現警視総監の同郷の先輩なのだそうだ。 斎藤さんの人徳が故の、玉の輿。はっきり言って、怖いものなし。 そう言うところが、うちの上司と大違い。 だと思ってたんだけど、なぁ。 「聞いて驚けよ、実はな……」 永倉さんがじりっと斎藤さんににじり寄り、本気の目で語り始めた。小声の永倉さんに伴って、斎藤さんも永倉さん側に体を寄せて行く。 チャンス到来! 僕はさっと箸を伸ばす。 「フグ刺し貰ったり〜」 「あ!ずっりー!」 斎藤さんの前にあったフグ刺しの皿を自分のほうに引き寄せた僕は、永倉さんに大量に奪取される前に、ばくばくっと食べた。 うはぁ、美味しい♥ 葵屋と言ったらコレでしょう。下関からこんにちは。 「沖田ぁぁ」 「はへんへもはめれす(もぐもぐ)、は〜…ほひいい(叫んでも駄目です、あ〜美味しい)」 紅葉おろしでたっぷりフグをいただく僕を切れ長の目で眺めた斎藤さんは、「ったくお前ら…」と呟きつつ姿勢を元に戻し、カウンター越しに四乃森さんに「ブランデー、お湯割り」を注文した。 「そんなに飲んで良いのか。また飲みダチ出来ると思うと、嬉しいけどよ」 「お前らが良けりゃ、いっくらでも付き合うぜ」 ……来たよ、斎藤節。 僕は、じ〜んと感動しながら、彼の深い声を聴いていた。 いいなぁ〜、このノリ。大久保さんも、斎藤さんのこう言うとこに惚れたんだと、僕は真実にそう思う。警視庁の警視なんて、どこから見てもお堅い職業で、見た目もナイフみたいで、実際両目がぎらぎら光っているのに、性格はさらっとしていて、重いことも軽いこともすっと片手で持ちあげちゃって、一緒にいるこちらの気持ちが軽くなるのだ。それをさり気なく、やってのけてしまうのだ。 常日頃から、いやいや、幼少時から顔だけは壮絶に美しいかの人にいびられまくって、すっかり胃を壊して慢性胃炎の僕にとっては、斎藤さんはガスターテンですよ…! ビバ、ガスターテン!(いやっほぅ!) 両手に拳を作って、結果としてファイティングポーズになった僕の拳にそっと手を添えて落ち着かせ(そんなところも大好きだ!)、斎藤さんは「さっきから良く分からんが、ひとまず落ち着けよ」と僕らを窘めた。 同時に、ばれてしまったようで。 「お前らがそう言う反応するって事は、あれだろ?署の、近藤さんか土方さん辺りの話なんだろ?」 「あ〜……分かります?」 「喋りにくいってことは、後者の方だな」 言って、斎藤さんはニヤリと口角を上げた。 あっはは………バレてる。 斎藤さんはカウンターに片肘をついて、レミーマルタンを飲んだ。僕の飲めないそれは、良い香りがする。 「土方さんが、どうかしたのか」 僕は永倉さんと、ちらっと視線を合わせた。ちらっ、の筈が、じぃっ、になる。 ―――――――沖田が言えよ。 いえ、ここは年上の永倉さんがお願いします。 俺が言うのか?それはちょっと、いや、かなり、勇気がいるんだぜ?! 敵前逃亡は士道不覚悟でしょう。 逃げるのは、嫌だな。 絶対嫌ですね。 分かった、俺も男だ、決めてやる。 ……とまぁ、そういう会話を、視線だけでやった後に永倉さんが深呼吸して、覚悟の声で斎藤さんに伝えたところは、こうだ。 「土方さんが、同棲した」 「へぇ」 「ちょ、斎藤ぉぉ〜、そこは『誰と?』と聞く箇所だろうがよぉ。いま、凄まじく勇気が要ったんだぜ?寿命が二十年は縮まったぜ?」 「……同棲したって良いじゃねぇか。俺よりも八歳年上だろ?てことは四十過ぎだろ、同棲どころか結婚したって良い年だろうが」 「だから、相手が問題なんですよ」 「分かった分かった。で?誰なんだ」 「ふっ……驚け、斎藤」 「誰だよ?」 「……………」 永倉さんが沈黙した。正確には、沈黙してしまった。 顔を真っ赤に染めて。 ばっと両手で顔を覆い、僕に投げて来たのは、ちょっと卑怯だと思う。 「駄目だぁぁぁぁ〜昨夜練習したのに、やっぱこんな事、俺言えねぇよ〜」 頼む沖田、バトンターッチ。 敵前逃亡確定。明日、道場で御仕置きしなきゃな。 と言うわけで、来ちゃったよ、僕のターン。 仕方がないなぁもう。ここは天然理心流免許皆伝の僕が決めちゃいましょう。 「昨夜練習しただなんて、だらしないですねぇ〜。ではここは僕が代理と言うことで、えーと」 「だから、誰なんだよ」 「えーっと、……」 「……………」 「……………」 だ、駄目だ。 顔が、顔が火照ってきた。おかしいな、まだジョッキ半分も飲んでないのに。 意識すればするほど、唇が震える。体が慄く。 だってだってだってー! ……いやいや、ここで言えなかったら、また土方さんにどつかれる。あの、氷の女王さえも凍り付くだろうプーチンの微笑で見下される。 勇気を出すのだ、僕! 「えっと……山崎さんです」 勇気を振り絞って発言した割に、僕の声はカウンター席だけに届く程度の、小さなものだった。 「何だって?もっと大きな声で言えよ」 「け、刑事課国際係の山崎さんです」 「ああ、いたな。大阪出身なのに完璧な標準語を話して、十か国語が出来る山崎刑事。大人しいけど、仕事は良かったな。元気にしてるか」 「……だからその、ロシア語と中国語とアラビア語が堪能な山崎と、土方さんが同棲してんだよ」 「はぁ?!」 素っ頓狂な声を上げて、斎藤さんは葵屋中の視線を浴びてくれたのだった。 おいおい。 なんだ、その展開は。 驚くやら呆れるやらで、やや放心状態になった俺の左右で、沖田と永倉が、揚がったばかりのふぐの天婦羅を、ぱりぱりと音を立てて食べ始めた。ごま油の香ばしい香りが、二人の呆然とした表情を覆っていく。目の前で緋村が魚をおろしている。上手いもんだ。こいつも過去は、刑事だったのだが、何を思い立ったのか辞職し、ここに就職した。以来、現役の刑事がたびたびここに訪れるようになったと聞く。 刑事。 「って……男だったよな、明らかに、山崎刑事って」 「だからぁ、土方さんがぁー」 「山崎とー」 「……、山崎と?」 「去年の冬からだなぁ」 「ラブラブ同棲中なんですー」 御蔭で署内での土方さんの仕事モードが神じゃなくて鬼がかって、僕らは壮絶に多忙です。だからどうしても僕には、ガスターテンが必要だったんです。 恨めしそうな目で沖田が俺を見た。ガスターテンて、何の話題だ。 永倉は、まだ顔を真っ赤に染めている。永倉は仕事では賢く冷静だが、仕事を離れると、感情が顔に出やすい奴だ。第一、俺と張れる酒豪で、ジョッキ二杯ぐらいでは絶対に酔わない。その永倉が紅潮した顔でいると言うことは、こいつらは困っているらしい。 でも何で、山崎? 真っ赤になった顔をアルコールでさらに煽る永倉は、絶品の筈の天婦羅を味わうことも忘れたような虚ろな目つきで、俺の質問に対して背を丸めた。 「分かんねぇよ。でも、(近藤)署長が言うんだから、間違いない。(井上)源さんも、優しく見守ってやってくれって、言ってるし」 「島田さんはショックで、20キロ痩せました。ダイエットになって、ちょうど良かったかも」 ああ、島田魁。土方さんの超絶なファンだ。と言うか、試衛署自体が、近藤署長と土方刑事で持っている場所なのだ。少なくとも、俺が派遣されていた時期までは明らかにそうだったし、本庁の報告でも、そうだ。 警視庁第九方面日野警察署、通称、試衛署。 近藤勇が署長となったことで、近藤さんの実家である試衛館と言う、古武道・天然理心流道場の名前を取って、通称は試衛署と呼ばれている。治安の悪かった日野市一面が、近藤署長になった途端に変わった。そのために、近藤さんが署長になったという噂があるぐらいだ。何故なら、彼が署長になることで、彼の実家で腕を磨いてきた天然理心流の猛者たちが、現場に投入されるからである。 その筆頭が、土方歳三だった。 俺や沖田、永倉は彼を「土方さん」と呼ぶが、彼は地元では「土方様」と言われるほどの人気者である。尤も、本人はそれを甚く嫌がっているらしい。捜査の邪魔だから、と。 山崎も、「土方さん」とごく普通に、上司として呼んでいたと思うが…… 俺は記憶を辿りながら、ブランデーを飲む。久々のアルコールが、臓腑に沁みる。トシには悪いが、やはり俺は禁酒出来そうにない。この、甘さが良い。チョコレートやケーキを受け付けない俺が唯一楽しめる甘味が、ブランデーなのだ。甘さのなかに苦さが隠れている。それを追い求めて、飲み続ける。禁煙はこれかららも続けるけどな。 「甘ぇ」 「甘いんですよ」 「おお、甘いぜ、これ。一年近く飲んで無かったからか?すげぇ甘くて」 旨い。 俺はカウンターを天井から照らすオレンジの光にグラスを透かしながら、レミーマルタンを揺らした。反射する水面の踊り具合も、なんだか懐かしい。こいつらと署に勤めていた時も、三日と開けずに飲みに来てたな。 「じゃなくて、こっちの話。甘いんですよ」 「甘いよな」 「ん?」 「署内が、甘くてしょうがないんです」 おい… 「沖田、いまさっき、仕事モードが鬼がかってる、つってたじゃねぇか」 「だから……恋人同士の醸し出す芳醇な愛の香りが署内に満ち満ちて、それを打ち消すかの如くに、僕らが動員されてるんですよ」 「そうそう、絶対それ」 土方さんは、ぜーったい照れてますよね〜。 沖田が俺の肩越しに、永倉に「ね〜」と言った。永倉も「ね〜」と返す。 「署長命だった筈の土方大先生が、まさかの変わりようで、僕の胃は消化不良が悪化。原田さんの子供は三人ともおたふくかぜになるし、山南さんは将棋の都大会で負けてタイトル失うし」 「俺と沖田大先生は過労と甘い空気で卒倒寸前、島田さんは激ヤセ、武田のおっさんは投資で大失敗。日野市も元気1/100倍だぜ。治安はまた良くなったけどよ」 どうして土方さんが同棲すると、治安が良くなるんだよ。 そう漏らした俺に、永倉は天婦羅を挟んでいた箸の先で、先程まで天婦羅が山盛り乗っていた懐紙を、とんとん叩いた。俺は鱚の天婦羅を食べたのみで、他のものは全部二人が喰いやがった。もっと揚げるでござるか?と緋村が覗き込んでくる。 俺は、舞茸とかき揚げくれ、それから葵屋サラダ大盛り、と頼んで、左右の話題に戻った。トシを産んでから体質が変わって、生野菜を体が大量に欲しがっている。トシはもう寝ただろうか。あいつ、俺がいないと泣く。泣き喚く。赤ん坊はだいだいそんなもんらしいが。 「じゃ、斎藤に質問。今の日野市で事件を起こすと、どうなる?」 「お前らに逮捕されんだろ」 「逮捕されたら、どこに連れて行かれるでしょう?」 「試衛署内の、取調室」 「そこにいるのは、だーれだ?」 「土方さん、だろ……?」 待て。ちょっと待て、そういう事か? 「だいせいか〜い!」 沖田が俺に向かって、拍手をして、カラカラ笑い出した。酔っているのかも知れない。沖田は笑い上戸なのだ。 「今の試衛署で拘留されても、麗しき土方様は、既に山崎さんのものなのです〜」 ……な、ん、だ。それは。 「犯人になっても、土方様に見つめられたかったんじゃないですか、今までの被疑者は。でも今は、見つめられるだけ自分が傷つくんですよ。もう、他人のものですからね。土方様の視線の先には、山崎さんがいるんです」 「だから、発生する事件自体が減ったんだよ、日野市(うち)は。で、管内の未解決事件に裂ける時間が増えて、それに俺らが追われてるって訳」 俺は噴き出した。 馬鹿馬鹿しいと言うか、平和と言うか。 平和なら、それに越したことは無いじゃねぇか。 「あのなぁ、」 と俺は言った。緋村が持ってきた自家製の青大豆の冷奴が上手い。薬味の味噌も生姜も紫蘇も、自家製なのだそうだ。店内のお品書きには「無農薬自慢の青大豆冷奴」と書かれてある。 赤ん坊を産んでからというもの、自分のための食事にじっくり時間をかけることが出来なくなっていた。そんな俺の様子を察して今夜は大久保が、「ゆっくり飲んで来い、終わったらタクシーで岩倉邸に来て、温泉に浸かれば良いし、なんなら沖田君たちを連れてきたらどうだ。俺も会いたいし」と、トシを置いて外に飲みに行く事に躊躇う俺の背中を押してくれたのだ。 ここ「葵屋」は、緋村が山口県の高校に通ったことで県内に先輩後輩が多く、そのつてで毎日のように下関港からの新鮮な食材が届く。それを元刑事の緋村がおろし、現役の俺たちが食う。俺とバカッ刀斎とは犬猿の仲で(「違うでござる!斎藤が一方的に嫌ってるだけでござるよ!」)、警察学校時代からヤツが最後に参加した剣道大会まで、いつも剣道で争っていた。腕は互角……だったと思う。だからこいつが居なくなってからの剣道大会は間が抜けたようになり、俺はやややる気を喪失していたのだ。相変わらず沖田と永倉は俺に絡んで来たが、飛天御剣流の剣技は、やはり誰とも異なっていた。いまその剣技はこうして、料亭の板場で料理用として振る舞われている。まぁ、緋村が幸せそうに暮らしている事が分かり、俺も心の矛先を収めたのだが。 「今日は関あじも入っているでござるよ」 「あ!僕、お造り!永倉さんは煮つけですよね」 緋村の誘いに、速攻で沖田が応じる。こいつも、緋村と剣技を競っていた仲だったんだが、旨いものにありつこうとするときには、京王線に乗ってわざわざ、ここを訪ねてくるそうだ。ここは深夜まで開いているうえに、緋村曰く、俺たちは「客とは呼べない」そうだから。 平和だ。平和の証左なのだ。だと言うのに、こいつらは。 ふぅ。 「お前ら、平和になったことが不満なのか?平和が一番じゃねぇか」 言うと、何故か沖田が両ほほを膨らませた。相変わらず童顔だが、それをやっていいのは十代までだと思うんだが、こう言う仕草がこいつはヤケに似合う。 「平和平和と言いますけど、確かにそれが僕らの仕事ですけど、照れ隠しに仕事をそれまで以上に厳命して下さるのは、やめていただきたいんです」 「あの人のことだから、仕事のやる気が三倍から四倍になっただけじゃねぇの?源さんは、見守ってやって、て言ってくれてんだろ。悪いことが起こってる訳じゃないと、俺は思うぜ」 「そうかなぁ。なーんか、不安なんですよ。弟分としては」 「だよな。俺も沖田に同意。このまま上手く行くなんて、話が上手すぎる気がしてならん」 土方さんの兄貴分の近藤署長や井上さんが、大賛成しているのは、山崎と言う男なら、土方さんを上手く受け止められる、と確信したからなのだろう。 土方歳三と言う人は、俺が今まで見たなかで、五本の指に入るほどの美しい顔をした男だと思う。美の基準は人それぞれだが、あの手の顔は、そうそうあるものじゃない。故に「土方様」なのだ。 背丈は俺とほぼ同じの沖田よりも少し低く、細身で、それがダークカラーのトレンチコートを着てレイバンのサングラスをして歩くのである。グラスの下には切れ長二重の真っ黒な目があって、色はかなり白い。無駄なものをそぎ落とした頬の連なりの下には、ややふっくらとした紅の唇。 職業さえ聞かなければモデルの少年か、ともすれば少女に見える容姿なのだ。女子が騒いで当然だが、童顔の沖田が「幼女」とあだ名される一方で、彼は「妖女」と本庁で言われているのである。意外にも声が高い所為で、セイレーンと言う奴もいる。 斎藤君、日野署に行ってみないか。 幼女と妖女のいる、あの日野署ですか。 そう、「妖女」だ。 ある日突然、警視総監に呼び出された。昨今の警視庁では、従来のルートとは別に、所轄と業務をともにして警察官の一体感を云々…と言う組織改革が行われつつある。手っ取り早く言うと、キャリアとノンキャリの格差是正の前段階として、まずは心理的な壁を低くするために、警視庁から各所轄に一定期間、若手の警視以下の人間を派遣して修行させるのだ。 俺は第五人目として選ばれてしまったらしい。どうやら、特捜にいる兄貴と性格が似ているから、どこでも誰とでもやっていけるだろう…、と評価されていたようだった。 しかし、よりにもよって、「妖女」として本庁で有名になっていた土方さんのいる日野署だとは思ってもみなかったのだが、修行にはもってこいだと思い、三か月間の派遣を了承したのだ。何しろ面白そうだと思ったから。 警視庁管轄内での検挙率、五年連続ナンバーワン。 警察功績章受賞者が三名。 警察庁主催全国警察剣道選手権会で、優勝、準優勝、殊勲賞、敢闘賞など多数受賞。 インターカレッジ剣道大会および柔道大会の個人戦、団体戦の優勝者揃い。 実家が天然理心流宗家で、大らかと言われるが、人物像をいまいち把握しきれない近藤勇署長。 その近藤署長の一番弟子で、十代で天然理心流の免許皆伝となった沖田総司。 警察学校時代の俺の同期で、神道無念流切紙の、永倉新八。 小野派一刀流免許皆伝、全国アマチュア将棋大会タイトル保持者の山南敬助。 この四名とは、剣道の都大会で立ち会ったことがあったのだ。四人の名前を聞いて、ぞくぞくした。俺は小学生から大学までずっと剣道一本で、どんな時でも剣道が活力となっていた。だから、剣豪の名を聞くだけで俄然やる気が出る。 そして、沖田総司の兄貴分と有名な割に、最近あまり大会に参加して来ない土方歳三が、そこに居た。 兄貴の話では、試衛署の特に刑事課は決して顔で見てはいけないところ、だと言う。 彼の言うことは、九割が当たっている為、俺は自分に喝を入れながら三か月間の研修に向かったのだった。で、如何に兄貴が正しいのかを思い知らされた。 近藤署長は恐ろしいほどの人情派だった。 沖田は童顔で、中身も立派なお子様だった。 永倉は大酒飲みで、警察学校時代から全く変わらない、明るくて生真面目な奴だった。 山南さんは人生相談が上手い、地域の良き兄貴だった。 竹を割ったような性格の原田に、面倒見の良い井上源さん。機動隊出身の島田に、鑑定眼のある武田。個性は見事にバラバラで、一見するとまとまりがなさそうだったのだが。 配属初日の夜に俺は、いきなり永倉と原田に引っ張られ、試衛館道場で三本勝負をさせられた。「勝負勝負!」と喚かれて。何でも、警視庁一剣道が強いと言われていた俺を倒せば、待遇を考えてやらんでもない、と、かの「妖女」に言われたのだそうだ。(きちんと勝って、お礼をしてやったが) そう。 日野署の連中は、庶民的で裏表の無い連中なのだった。「妖女」を除いて。 職員一覧なんかに乗っている顔写真を見ると、親父くさい顔ぶれのなかに、随分綺麗な顔をした年齢不詳の少女っぽい人が一人混じっている印象しか無い。 しかし初日の勝負の後に原田と永倉が語ったところによると、見た目が美少女の人が最も冷酷な鬼で、むしろ自分たちの方が哀れむべき子羊だそうだった。俺に負けたことで、自分の将来は無くなったも同じ、と永倉たちはがっくりと肩を落としたのだった。絶望の眼差しで。原田なんかは、道場の床に、涙でミッキーマウスの落書きをしていた。 そんなおかしな二人と俺の前で扉が開いて、沖田がひょっこり顔を出して言った。 あ、やっぱり原田さんたちが負けましたね〜、この賭けは僕の勝ちですよ土方さん。 ほ〜お、永倉、原田、良い覚悟してンなぁ。てめぇら、俺の非番をどうするつもりだ?二週間ぶりの非番を… 斎藤さん、よろしくお願いします、僕がこの道場主になる予定の、沖田総司です!さすが、強いですね。でも僕は負けませんよ、負けたら土方さんにどつかれますから!! ……てわけで、斎藤、これからこいつらよろしくしてやってくれ。取りあえず今夜は総司が相手するから。ほら総司、着替えて来い。本店一の剣豪を理心流で迎えてやれ。 はいっ! 言って沖田は速攻で着替えて礼をし、俺に「お願いします!」と言って来た。 結果、三本目で俺が負けた。 勝負の間、彼は腕を組んで壁に背を凭れかけ、首を傾げながら観察しているようだった。俺ではなく、沖田を。 沖田は勝った。俺に勝ったのだが。 二本目で勝てっつっただろう。総司てめぇ、そんなでこの道場継げるとか思ってんのか。 仮にも警視庁一の強さと噂されていたらしい俺に勝ったのに、一言も褒めることなく、彼は凍った視線で弟弟子に冷酷にそう言い放った。 (………すげ) 『斎藤が本店からうちに回ってくるように手回ししたのは、お前の為だと言うことを絶対に忘れるな。お前が強くならなけりゃ、ここは意味が無ぇ。永倉に頼るな。原田にも頼るな。無論、俺にもだ。てめぇは一人で、ここを背負っていかなきゃなんねぇ。分かったな総司』 立ち尽くす俺と永倉と原田を尻目に、セイレーンの声が響く。しん…と凍り付く道場の空気が、当初は悪ふざけで始まった三本勝負の記憶を塗り替えていく。道場をどしどし歩いて彼は、竹刀を手に取り、沖田に向き直った。 『今後、俺の前で負けることは許さねぇ。いまここで叩き直してやる、来い!』 言った土方さんが竹刀をびっと沖田へ向けると、沖田の気が一気に立ち上がって、「ヤァーッ!」と沖田が飛び込んでいった。 噂に違わず、容赦ねぇ人だな、「妖女」は。 正直に俺は、そう思った。 打ち合う二人をよそに、永倉と原田が俺をその後飲みに誘ってきた。これがここの流儀だから、気にするな、と言って二人は笑った(ちなみに飲み代は、署長からきちんと出ていた)。 確かにこれでは警視庁から異端視されるのは当然だろう。仕事は優秀だが、特別な空気が流れているのだ。近藤、土方、沖田の三人と、その周りを囲む署員らの間に、よそでは見たことの無い連帯感がある気がした。そしてそれは俺の気の所為ではなく、真実だったのだ。日野署は常に、ワイワイしていた。近藤署長が抱える、大きな所帯のようだった。俺が気に入ったのは、単なる仲良しではなく本気でぶつかり合って、本気で喧々囂々するところだった。少なくとも、警視庁にそう言う空気はまだ少ない。現警視総監になって、足の引っ張り合いではなく実力だけを認める風習になっては来たが、日野署ほど明確では無い。そしてこの日野署が、警視庁の管轄下で最も優秀とされるほど、抜群の機動力と結束力を誇るのである。 だから「試衛署」と呼ばれるのだ。 各警察署には、刑事課だけで無く、生活安全課や交通課、警備課、公安課など、さまざま組織があるが、刑事課は激務でもあることから、ここ数年は志願者が減っている。その筈なのに、管内でやたらと元気な刑事課を抱える署があり、その刑事課を引っ張っているのが土方さんだった。 その土方氏と、 「確か山崎は…関西のゴルフ場のオーナーの息子だったよなぁ。でかいゴルフクラブもやってンだっけか」 「そーなんですよ!」 沖田が、ドン!(実際にはトン!)とカウンターテーブルを空になったジョッキで叩く。童顔の沖田がやったところで、迫力が無いことこの上ない。 「山崎さんはすっごく良い人で、なのにどうして土方さんなのか、僕には理解出来ません」 だって、鬼ですよ。 捲し立てようとした沖田に俺は、すかさず揚がったばかりの舞茸の天婦羅とかき揚げを差し出した。民間の客が多数出入りする今夜、土方土方を連発するのは、実に宜しく無い。 「鬼なのは分かるけどよ」 カウンターから差し出された沖田の新しいグラスにビールを注いでやる。舞茸にがっつき始めた沖田は、盛大に音を立てて食べる。味わってないだろ、こいつ。俺の舞茸を。 おい永倉、それは俺のかき揚げだ! ばりばり、むしゃむしゃ、ぐびっぐびっ…… 人相の悪い三人組が、無言でカウンターに座る。板場の緋村と四乃森が苦笑している。 素直じゃねぇなぁ、こいつら。 結構飲んでいる筈なのに二人とも、素面の目をしている。刑事そのものの目だ。つまり、 こいつらは本気なのだ。 本気で。 土方と言う人が一人、自分の前からプライベートの部分で去って、さみしいのだろう 「……………」 俺は、彼らの表情(かお)に見覚えがあった。 思い出したのだ。 ほんの一年前のことを。 場所はここ、葵屋だった。 俺の帰りが遅くなって、警視庁の警視総監室でふんぞり返って偉そうに待っていた大久保が、「帰りはあそこに行こう、今なら予約なしで空いているだろうから」と、俺を葵屋に連れて行き、奴が葵屋の玄関の引き戸を開けた時に、それは起こった。 ガシャーン と、店には似合わない派手な破壊音がしたのだ。 ん?と思い、玄関で呆然と立ち尽くす大久保の脇からひょい、と顔を覗かせると、そこに居たのは 文部大臣・木戸孝允、と ――――――坂本龍馬内閣総理大臣。 「……!!」 反射だった。俺の躯は速攻で無帽敬礼の姿勢を取っていた。きっかり15度、体を前に傾けて。 「お疲れ様です」 「うむ、御苦労」 「………御苦労様」 初めて間近で聞いた木戸大臣の声は意外にも小さくて、柔らかかった。 ちょう、どけ大久保。なんでぼーっと突っ立ってるんだ。 敬礼から直った俺は壁のように動かない大久保を肘で繰り返し突いたが、ヤツに俺の声は、全く届いていなかった。大久保の視線の先で、木戸大臣も固まっていた。そこだけ時空が止まったかのように。 政界に入ってから全く変わっていない、「世界一美しい男」の顔が、色を失っている。大久保も、同じく色を失っている。妙な沈黙。 ――――――なんだよ、これ……? 玄関で男が直立している姿を遠目で見ている他の客たちが、息を潜めているのが分かった。板場から緋村が出てきて、「さささ斎藤、大久保さん、すまんでござる、こっ、こ、今夜は貸し切りのようなもので」と早口で言ってきたことで、俺は全部分かった。 白けた顔で、突っ立たままの大久保のコートをもう一度引っ張る。同時に、こちらに近づいて来た総理大臣が財布からカードを出した。アメリカン・エキスプレスのセンチュリオン。所謂ブラックカードである。 「おんしゃぁ、ここは引け」 言って彼は、大久保の鼻先に黒光りするカードを、びっと突き付けた。世界中で大人気の若い首相の、これは命令である。 「―――――坂…本…!―――」 「引けゆうちょる」 総理の気迫が出ている。 俺には、上下するブラックカードの先の気迫が、彼の剣尖に見えた。星眼の構えのような。 彼は北辰一刀流の免許皆伝で、つまりこれは、気迫の差で大久保の負けだった。 大久保は坂本を睨みつけたまま、鼻先に突き出されたブラックカードを、らしくなく乱暴に奪い取って、俺に「行くぞ」と言って振り返り、肩を怒らせながら葵屋を後にした。しょうもない男の姿を目で追ったのち、俺はもう一度15度の敬礼をすると、葵屋を出る。背後で緋村の、「また来るでござるよ斎藤!きっとで御座るよ!」の声が聞こえた。 畜生、そう言うことかよ。 俺を舐めるのもいい加減にしろよ。 葵屋を飛び出したあと、二人とも無言でタクシーに乗って来たのは、銀座の、どうみても高級な会員制懐石料理店だった。 品の良い女将に案内されて着いた奥座敷に座って開口一番、俺は言ってやった。 「貴様、フラれたんだろ」 途端、大久保は飲もうとしていた茶を、ぐふっ、と喉に詰まらせた。何も喰ってないのに、茶で咽るヤツがどこにいる。 「ほぉ〜、こりゃ、楽しい話題を手に入れたぜ」 「さ、斎藤……」 震えるヒゲ男の声が情けねぇ。仕事は出来るが性格が情けない事は、嫌と言うほど知っていたが、こんなに情けないヤツだとは思っていなかった。 だから言ったのだ、 「身の程知らず」 と。 すると大久保は、アニメか漫画のように、がくー、とテーブルに突っ伏した。 「しっかり、きっぱり、言ってくれて有難う感謝に堪えないこの気持ちをどう表現して良いのか見当がつかない」 「おぅ、いくらでも言ってやる」 身の程知らず、日本の宝を壊したのは貴様だったのかこの野郎、だから親王のところで身を隠すしか無くなったんだろこの阿呆、世界中から恨まれて当然だ自業自得……など、思いつく言葉と言う言葉を、散々言ってやった。言い尽くした。 胸のうちにあった思いを、散々。 想いのうちに秘めた辛さを、滔々。 俺にも感ずるところはあったのだ。警視庁にある国民情報データベースに登録されている大久保の個人情報は、出生と出身校、大学、所属企業や親戚関係など、極めて表面的な情報しか無かったのだ。岩倉邸に簡単に出入りする男の情報が、これっぽっちと言うのはあり得ない。大方、同郷の後輩である川路警視総監が削除したか、警視総監に匹敵する権力を持つ団体が削除「させた」のだろう。 それが出来る団体が、日本にひとつだけある。 木戸家。 出身者のうち数名が、皇族や他国の王族や貴族と結婚している。西日本の財政界はこの家が握っていると断言して良い。 その木戸家の一員で、政界のプリンスと持てはやされ、政治家になって数年後に入閣し、国民の圧倒的支持を得ている末子の孝允氏が、大久保と個人的な繋がりがあれば、それが木戸家もしくは孝允氏の将来にとっての不安定要素になれば、 ―――――木戸家は、大久保を消そうとするだろう。 財政界に広いコネクションを持ち、時の総理大臣を「坂本」と呼び捨てる事の出来る大久保の「事実」を俺はやっと、見た気がした。 ああ、こいつ、戦ってたのか ………そうか。 ひとしきり、こいつの背中に背負われているモノを悟った後で、俺は言った。 「だったら教えてやる。どうして俺が、剣道を始めたか」 大久保は、突っ伏したままの姿勢で、顔だけを上げてこちらに向けた。 「……ん?」 「ガキの頃、誕生日プレゼントに、俺は全国剣道大会の天覧試合を親父と見に行った。そこで、毎年優勝の桂小五郎を知って、ああなりたい、と思ったんだよ」 その時の大久保の呆けた面を、俺は一生、忘れないだろう。 目の前には、てっちりが三人前。旨そうな湯気が立っている。見事なふぐ尽くし。 貴様、このこと知ってたのか?と緋村に問えば、御剣流の極意は気を読むことで御座るから、との返事が返ってきた。はっ、言ってろ。 今夜の〆は、チラシ寿司だそうである。 ええ〜寿司ぃ〜?と、日本酒をとサワーを飲みながら、ぶつぶつ言っている両名に、言ってやった。 「おめでとう、って言ってやれよ。そこまで照れてんなら、案外、喜ぶんじゃねぇ?」 「やめてくださいよ、僕らが殺されるだけです!」 「そうか?」 「……てーか、さっきから斎藤、妙〜に余裕あるよな。やっぱ、子供産むと変わるのか、人って」 はぁ?
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