Kare ga Kanata ni Tsuresatta



 私は、彼が好きだった。ふと言葉が途切れた時に、長い睫を伏せて、ともすれば沈黙のなかに沈んでいく彼の深い二重瞼と形の良い唇を眺めるのが好きだった。力強い腕のなかに引きずり込まれ、彼の沈黙に混じり合うのが、好きだった。

 もうすぐ冬が訪れようとする季節の午後。

 窓から差し込む日の光が暖かくて、穏やかな時間に、私はそっと瞼を閉じていた。

 かつて私は、銀座のクラブ「胡蝶」のホステスをしていた。そこで、売上一番か二番かを争っていた折に、志々雄真実を知った。彼は東京にシマを張りつつあった「志々雄組」の頭領で、「胡蝶」に来ては私を侍らせ、私も彼に添った。当初は月に一、二回訪れる程度だったが、徐々に来店頻度が増えて行った。頭領だけあって支払いは良く、私は何十本、高額なボトルを空けさせたか知れない。

 そのうち、志々雄と私は外でも会うようになった。彼は私を気に入ってくれて、私も彼に魅かれていた。ギラギラとした、暗さの欠片も無いその瞳で、真っ黒な世界を覆いつくそうとする志々雄の強さと貪欲さが、私を惹きつけた。

 高校を卒業してすぐに母親を亡くした私には顔と若さと言う武器があった。上京して銀座の店で働くうちに「胡蝶」にスカウトされた。

 「胡蝶」は会員制の高級クラブで、つまり一見さんお断りだった。日本の大企業はなんだかんだで裏業界―――――ヤクザと関わりがある。最初に志々雄を連れて来たのも、国内で知らぬ人間はいない大企業の取締役だった。

 銀座は、結局は女の世界だ。客の目の無いところでのホステス同士の足の引っ張り合いは常識で、母子家庭で育ち十八歳で既に天涯孤独になっていた私は、似たような境遇の女の子たちを、金銭欲のみでギラギラしていた先輩ホステスや同僚から守る立場になっていった。志々雄は、そんな私を選んだ、と言った。

 いい女ってのはな、いざとなったら真っ先に前線に出て自分が盾になる。お前はそれをずっとしてきた。俺はこれから戦わなきゃならねぇ。だから俺の女になれ。

 それがどう言うことか、銀座で働いて五年目になっていた私には、何となく分かっていた。まして志々雄はヤクザで、公安から指定暴力団としての指定は受けていない分、組織も流動的で、私の目には将来の見通しは不明だった。志々雄がこれから、誰とどういう戦いをしようとしているのかも、分からなかった。

 だが、女同士の粘着質な足の引っ張り合いよりは、命をかけての抗争のほうが、生きていると言う血潮を感じられる気がした。次第に増えて行く傷をものともしない志々雄の背中に包帯を巻きながら、予感があったのだ。

 私はこの男と、生死をともにするだろう。

 逞しい背中に燃え盛る炎が見えた。炎になりたいと思った。そして私は志々雄を受け入れた。

 それまで私が済んでいた賃貸のマンションを引き払って、志々雄はウォーターフロントにあった高層階マンションの最上階に、私を囲った。全面防弾ガラスのウィンドウから首都高を見下ろして、夜のイルミネーションに照らされた東京を手に入れる、と志々雄は言った。全身傷だらけの痩せた体に最高級のセーブル(黒テン)の毛皮を羽織った彼は、帝王だった。

 志々雄の目的は、首都東京の掌握と、日本政府の支配だった。志々雄組は有名企業を後ろ盾に、公安の目をかいくぐりながら、主にロシアから流れてくる覚醒剤や拳銃などの販売ルートを全国に張り巡らし、資金を得ていた。志々雄には佐渡島方治と言う元官僚がおり、覚醒剤取締りの網を如何にかいくぐるかを熟知していた。更に佐渡島は、日本の安全危機管理の詳細を知っていた。それの、余りの下らなさに激怒して官僚を辞め志々雄の忠臣となり、緩み切った日本の安全網を叩き直すつもりだったらしい。

 宗次郎でさえ助けられない政府に何が出来る、と志々雄は嗤った。瀬田宗次郎は、行き倒れ状態になっていたところを志々雄に助けられ一命を得て以来、殆ど常に志々雄の傍に控えていたが、志々雄に出会う前は、酷い飢餓状態で町中をさ迷い歩いていたのだった。役所や保健所は宗次郎を素気無く追い払った。宗次郎は、地元の富豪の隠し子だったからだ。

 ぎらついた志々雄には、佐渡島のように絶対の忠誠を誓う男たちが続々と集まって来ていた。今のヤクザは昔と異なり、質の悪い覚せい剤を若い一般人に販売して小遣いにするような、せこい人間が大多数になっていたが、志々雄たちは違った。良質の覚せい剤を、政治家や弁護士、医師や警察と言った、力を持った人間だけを対象にして売っていた。その時に、有名企業の重役が仲介していたのである。販売品目には、拳銃や日本刀のほかに、佐渡島が手に入れた世界各国の情報があった。見返りに志々雄組は、政界、財界、法曹界、そして医師会の後援を手にしていた。だから暴力沙汰が繰り返されても、志々雄組が指定暴力団とはならなかった。

 そうして志々雄組は大企業の陰に隠れながら、東京に浸食して行ったのである。

 志々雄組に姐と言う立場は明確では無かったが、いつしか私は組のなかで「姐さん」と呼ばれるようになっていた。宗次郎も私に懐いて、志々雄がいない時には二人で買い物をして楽しんだ。宗次郎は、育ちの割に素直な子で、私は弟のように可愛がっていた。私は「胡蝶」で働きながら志々雄を助け、志々雄は私だけを女にした。

 華の銀座。跪く忠臣たちと、艶(あで)やかな夜。

 志々雄が私のすべてだった。

 だから志々雄が、ヤクザ同士の抗争に巻き込まれて死んだときに、自分も終わったと思った。

 搬送先の病院で目が覚めた私は、志々雄を失ったことを知って、半狂乱状態になっていたと言う。私は全然記憶が無いが、志々雄の名を叫び、何度も病室のベッドから飛び出した私は、繰り返し病室の窓から飛び降りようとしたそうだ。医師と看護師に力づくで押さえつけられ、私は何度も鎮静剤を打たれた。それは即効性があり、私は打たれる度にすぐに眠った。何故なら、志々雄が私をクスリ漬けにはしていなかったからだ。

 そんな私の傍には、軽い火傷を負っていた宗次郎が、常に付き添っていた。

 宗次郎が言うには、志々雄の最後の命令は「あいつ(私)を守れ」だったと言う。それを聞いた私は、ショックでしばらく口が訊けないほどだった。それだけ愛されていたのだと、志々雄が死んだ後に聞かされて、やはり自分はあの時に死んだ方が良かった、と思ったのだ。

 志々雄とともに生きかった。志々雄とともに逝きたかった。しかしそれは志々雄の意志では無かった。

 最後の時、燃え盛るドアの先で、懸命に志々雄に手を駆け寄ろうとする私を、宗次郎は羽交い絞めにするようにして、私を志々雄がいた部屋に行かせないようにした。

 視界の奥、炎の海で志々雄は燃えた。私にはそれが、業火にみえた。

 退院した私は、不起訴処分となった佐渡島方治と沢下条張の監視下で療養生活を送っていたが、日に日に生気を失っていく私を彼らは見ていられず、気分転換に少し働いてみないか、と言ってきた。

 正直私は、どうでも良かった。でもいつまでも茫然自失していては、方治にも張にも申し訳なかったし、宗次郎の事も心配だった。親戚中から虐待されて育った宗次郎にとって、志々雄は父であり兄だった。再び親を失った彼は、私を守れと言う志々雄の言葉だけを頼りに、生きていたのだ。

 だから重い体を引きずって、私は住み慣れた都心を去り、宗次郎を連れて日野市にやって来た。

 日野市は、人口十八万人、都心から京王線特急でおよそ三十分の距離にある、緑溢れる土地である。山があって川があって森があって町があって、海だけが無い町は穏やかで、煌びやかな銀座とはまるで違っていた。あまりの違いに拍子抜けしたが、誰にも知られないで静かに暮らすには、向いているのかも知れないと思った。

 私は喫茶店のオーナーをすることになった。古い建物だったから、そこをリハウスして、壁も柱も明るい木板を張り、天井には同じ色のシーリングファンを取り付けた。窓からロールカーテンを垂らし、庭の樹木の影がそこに映るようにした。

 佐渡島のつてで、店には貴族階級しか手に入れられない筈の、良質な紅茶やハーブティが多数入るようになっていた。それが、珍しかったらしい。駅から歩いて五分の距離にある店は、地元の女性たちが集まるようになった。初めは手伝い程度の軽い気持ちでやっていた宗次郎も、ハンドメイドで私たちのエプロンを作ったり鏡の前で接客用の笑顔を作る練習をしたりと、本気になっていった。宗次郎は可愛い顔も手伝って、OLや主婦たちから好かれていた。私はサラリーマンや老人から好かれ、店は繁盛していた。

 私たちは必死だった。必死で、志々雄を失くした悲しみから立ち上がらなければならないと思っていた。こうでもしないと、忍び寄る虚無感にすべてが埋もれてしまいそうだったから。

 日野市で迎えた初めての冬、風邪薬で体調不良をごまかしていた私は買い物の途中で、雨のなか、倒れてしまった。そこをたまたま通りかかった彼が私を介抱したのが、彼と私との最初の出会いだった。

 私は肺炎を起こしかけていた。

 彼は私をマンションまで送り届けたのち、松本良順と言う医師を往診までさせてくれた。尤も私が気が付いたとき、彼はもう私と宗次郎が暮らすマンションを出ていて、仕事に戻っていたそうだったが。

 松本医師は、私を介抱してくれた人は「日野署刑事課の鬼刑事」だと言った。それで、このあたりでは通じるから、と。そして「お前さんみたいなのは、きちんと彼に御礼をしに行ったほうがいいだろうよ」とも。松本医師は治療をしながら、私の背中を見たのだろう。大きな刺青があるから。

 刑事と聞いても、麻痺していた私の心は、特に何も感じなかった。麻痺のうちの半分は、志々雄を失くしたことが原因。あとの半分は過労だった。松本医師は私に、しっかり体を休ませるように言った。寝たきりの私の隣で、宗次郎が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 宗(次郎)を守りたい。佐渡島も張も守らなきゃならない。彼らが保護し、彼らを庇護していた志々雄はもう、居ないのだから。自分が警察署を訪れることが彼らの安寧に結びつくなら、それで良かった。私は体が治ったのち、だし巻き卵やごまめ、一晩かけて作った煮物なんかをしっかり入れて、五重の重箱を日野署に持って行った。

 そこで、

「なにやってンのこんなとこで!!」

と大声を上げられ、いきなり注目を浴びてしまったのである。

 日野署一階の生活安全課から、覚えのある人物がこっちに飛び出て来た。

 本条鎌足。「胡蝶」で勤める前に私が勤めていた銀座の店でアルバイトをしていた男である。男なのにやっぱりと言うか何と言うか、婦警の恰好をしていた。

「鎌足?!またコスプレしてるの?」

「コスプレじゃないわよっ!あたしは警察官なの!本条鎌足巡査ですっ(敬礼)」

「あんたが警官になったって……本当だったのねぇ……。ちょうど良かった、これを、刑事課の鬼刑事さんに渡しといてくれる?」

「………え?」

「だからこれを、刑事課の鬼刑事さんに渡してください、本条巡査」

「……あのねぇ……、鬼刑事が誰なのか知ってて、本気で言ってるの?」

「そんなこと言われても……松本良順先生から、刑事さんの名前を伺ってないんだから、知ってるわけないでしょ」

「うわっちゃー」

 正直に答えた私に、鎌足は左手を大げさに額に当てて、盛大にため息をついた。絶対これは良順先生の陰謀だわ、などと言って。

「陰謀?」

「何でも無いっ、こっちの話。分かりました。良順先生のご配慮と言うことで、このお荷物は有難く受け取らせていただきます。でも!こっから先はどうなっても、あたしは知らないからね!」

 あっ、署長、お疲れ様です!

 重箱を受け取る前に再び敬礼をした鎌足は、正面入り口から入って来た大柄の人物を見て、元気に笑った。敬礼された人は、余裕のある足取りで私の方に近づいて来た。そして鎌足に、この大きな重箱の理由を尋ね、鎌足が答えると、改めて私に向き直った。

 うちの鬼にこんなに立派なものを、どうもありがとう。あとで必ず、御礼に行かせます。

 そう言って、ここの署長らしい人は私の手から、風呂敷に包まれた重箱を持って行った。今夜は飲み会だなぁ、と笑っていた。

「嵐のよかーん」

 署長さんの姿を眺めて、鎌足が何かを言ったらしいが、私は上手く聞き取れなかった。

「なに?」

「ううん、べっつに~。これからちょうど巡回の時間だから、近くまで送っていくわ」

 言って鎌足は、昔のように私の腕に自分の腕を絡ませ、「本条はこの人を家まで送ってきまーす」と言って、私を連れて署を出た。昔、鎌足と私はこうして、夜の銀座を歩いたのだ。たいてい二人の真ん中には客の男が居て、客の取り合いをしていたのだが。

 それが今は、一人は警官になり、一人がヤクザの情婦でしかも寡婦。鎌足は相変わらず底抜けに明るかったが、明るい世界で生ききれていない自分に、心のなかでそっと私は失望していた。鎌足はこんなに変わったのに、私はいったい何をやっているんだろう。

 私は、自分が檻のなかにいるような錯覚を覚えた。昼の世界と自分との境に、透明の檻がある。それを掴んで外に出ようとしても、もう一人の私が出て来て、更に檻を重ねてしまうのだ。心に昏(くら)く降り積もる澱(おり)が檻となって、私を閉じ込めてしまうのだ。その檻を完全に開き切って、ひとり、歩いていく勇気は私には無かった。

 鎌足に送られて店に着くと、出て来た宗次郎が「キャー、なにこの子!」と大はしゃぎした鎌足に抱きしめられて苦しむのだった。

 それから、三日後だったと思う。

 開店時間前の店のドアの前に、紙袋に入れられた重箱があった。丁寧に洗われ、風呂敷はクリーニングまでされていた。随分神経質な鬼刑事さんねぇ、とその時は思った。でも、五重の重箱は綺麗すっかり空になっていたから、少なくとも嫌がられた訳ではないと思い、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。

 紙袋には、ウィンターコスモスの鉢植えまで添えてあった。

「可愛い」

 思わず白くて小さな花弁に触れると、柔らかく揺れる。鬼刑事からの思い掛けない御礼が嬉しくて、私はウィンターコスモスを店内に飾る事にした。いつしか、鼻歌を歌いながら花に水を遣っている自分が居た。

 その後の、さらに五日ほど経った頃。

 不思議な男が来店した。

 年齢不詳の随分綺麗な顔の割に目つきは悪くて、何者だろうかと思った。目つきさえまともだったら、俳優かモデルで通用するのに、目つきが鋭すぎて、落ち着いて見られない。もう少し可愛げのある目つきだったら、銀座どころかうちでスカウトしたいぐらいなのに。ヤクザの顔を見慣れている私が分かったのは、彼はヤクザでは無いだろう事だった。顔にどこか品があったのだ。

 その彼が意外にも高めの声音で、「重箱、御馳走様」と言ったので、漸く彼が、「日野署の鬼刑事」だと分かったのである。分かって私は、「ええー?!こんなに綺麗なのに、刑事なの?」と実に久しぶりに大声を出し、ふてくされた表情になった彼を見ながら笑ってしまった。

「……だから嫌だっつったんだ。でも勝っ…、うちの署長が(この店に)行けってうるさいからよ」

 ぶっきらぼうながらも、鬼刑事は、署長の命令を忠実に守る部下のようだった。

 彼はカウンターを挟んで私と向かい合う形で座った。元気そうだな、と言って。

 私は、お世話になりました、と頭を下げた。

「気にするな。仕事だから」

 言って彼は、コーヒーを注文した。

「―――――志々雄の、女だったそうだな」

 ストレートに、訊かれた。私は、うん、と答えた。刑事に嘘を言ってもしょうがないから。

「私が捨てられたんだけどね」

「…………」

 このひとも見たのだろうか。背中の刺青を。

「いまはただのおばさんで、ここのオーナーよ。刑事さんは、私の事、もう調べたんでしょ」

 空元気を装った。彼の前で一度、倒れただけでなく、介抱までされている。神経質そうな鬼刑事に、余計な心配はかけたくなかった。

「何にも無くなっちゃった。私にはもともと、何にもなかったから」

 志々雄が焼死して、組は解散、部下は殆どが散り散りになり、宗次郎と佐渡島と張と私だけが、ここ日野市に集まって生活していた。が、すべて表(カタギ)の仕事である。佐渡島は元官僚のつてで、私や張にかかりそうだった疑いをもみ消したらしかった。その分、組と取引のあった数多の政治家や大企業にも、捜査は及ばなかったから、世間は志々雄と言う男が死んだ程度の報道しか知らないままだった。この街で、私たちの過去を知るひとはいなかった。

「でもお客さんが割といるから、ここで仕事してる。結構、気に入ってるのよ、私」

「……そうか」

 そう言って、彼は黙ってしまった。

 彼と私の間には、サイフォンのコポコポ…と言う音があるだけで、あとは静寂だった。この静寂を、私は心地よく感じた。銀座でいた頃は常に静寂とは正反対だったが、いまが不思議とさみしくなかった。

 このひとはこういう人なのかも知れない。

 思いながら私は、化粧ひとつもしていないのに女優よりも遥かに整った、シンメトリーの貌を見ていた。

 コーヒーが出来ると彼はそれを飲みながら、ここには慣れたか、とか、友達は出来たか、とかを聞いて来た。私が鎌足のことを言うと、「あいつかよ」と言ってあからさまに嫌そうな顔をしたから、鎌足の昔の話をすると、深い二重瞼で彼は苦笑した。あいつのコスプレは先天性だったのか、とか言って。

 それからしばらく、私たちは色んなことを話した。街のこと、河川敷の景色や公園にいる人たちのこと……彼はただ私の話を聞く方が多かった。夜の銀座で働いていたぶん、こういうことは私の得意だった。

 彼が煙草を取り出して唇に咥えて火をつけようとした時、彼のポケットで携帯電話が鳴った。時計は午後六時を指そうとしている。

「忙しいのね」

 コーヒー出来たんだけど。

 と、私が二杯目のコーヒーカップを掲げて見せると、彼は「悪(わり)いな」と言って断った。

 カウンターに右手をついて、立つ。整えられた指先。

「じゃ、暇なときに来て。うんと安くするし、食べるものも作れるから」

「…楽しみだな、そりゃ」

 切れ長の目で答えた彼は、睫毛を伏せた。

 あ、また笑った。

 こんなに綺麗に笑えるのにどうして、刑事なんて因果な職業を選んだのだろう。花が綻ぶように微笑んだ彼を見て、私は不思議に思った。

 彼が去ったあと、空になっていた彼のカップ&ソーサーを片付けようとして、ソーサーの上に百円玉硬貨が七枚置いてあることに気が付いた。

 もう!こんな時までお金なんて要らないのに(しかも二杯分)。

 神経質さに、笑ってしまった。この時は、まだ住んで半年もたっていない街で、初対面の人間を相手しかも刑事を相手に、自分がこんなに純粋に笑うことが出来たことに、私は気づかないでいた。―――――それが、彼と最初に話した日だった。

 その日から、たまに彼は顔を出すようになった。と言っても、私は土日が書き入れ時で、彼は表向き土日が休みだったから、彼は非番か日曜日の空いている時間に来る程度だった。

 彼は私の店で本を読んだり、試験勉強をしたりしていた。真面目で、あまり休憩らしい休憩を取っているようには見えなかったが、うららかな春の日差しを浴びて、昼寝をすることがあった。そんな姿をみて、可愛いな、と思った。奥の部屋から、ちょうど編みあがったひざ掛けを持ってきて彼にそっと掛けたぐらい。それでも、携帯電話が鳴れば一気に飛び起きて、駆け足で飛び去ってしまうのだ。

 彼は、私がそれまでに知っていた男の誰とも違っていた。十代から水商売だけで来た私は、こうして日の当たる世界で懸命に生きる男を知らなかった。「胡蝶」に訪れる男たちは煌びやかな虚飾に飢えていた。志々雄は力に飢えていた。目の前でうつらうつらする彼は、もっと別のものを求めているように見えた。例えば、正義とか。

 志々雄だったら鼻で笑って投げ捨てそうなものを、彼は頑なに追い求めていた。

 買い物の帰り、近所の試衛館道場で偶然、胴着を着て、木刀を繰り返し振り下ろす彼の真剣な眼差しを見て、私は持っていたバッグと袋を下に落としてしまった。物が落ちる音に、彼は下駄を引っ掛けて道場から出て来たが、私は彼をまともに見られなかった。実際そのとき何を言ったのか覚えていない。全身が震えていたのだ。

 あんな貌に、みつめられたいと思った。

 だから私から彼を求めてしまった。

 よりにもよって刑事となんて、姐と呼ばれていた私が聞いて呆れる。

 意外だったのは、そんな私を、彼が受け入れてくれたことだった。「刑事なんて、嫌なんじゃねぇのか」と聞いてきたが、私は彼のシャツに縋り付いて左右に首を振った。震える私の手を彼が掴んで、それがはじまりだった。

 ほんのたまに、私のマンションに泊まって、朝は私の淹れたコーヒーを飲んで出て行く。

 好きだ、とか、愛とか、そう言う言葉はなかった。それでも私は構わなかった。

 あの眼差しで、私の澱を溶かしてくれそうな気がしていたから。



 張が手に入れて来た無農薬の伊予柑でマーマレードを作るのが、私の日課である。ワックスのかかっていない伊予柑の皮なら作れるかと思って煮込んだところ、宗次郎があっという間に平らげたのだ。これ絶対売れますよ、と言って。

 宗次郎がスコーンを作って来て、試しに客に出したところ、思いのほか好評で客層が広がり、毎日僅かではあったが、スコーンや季節のジャムの販売も行うようになった。

 そうしているうちに、店に訪れて、学校のことや好きな男の子のことなんかを、はしゃぎながら喋っている女子高生たちを可愛いと思えるほど、私の心に余裕が出て来た。ああ、セーラー服が可愛いな、とか、私にもあんな頃があったな、とか。妊婦さんが、私の淹れたハーブティを飲みながら赤ちゃん用の靴下やおくるみを編んでいるのを眺めると、幸せな気持ちになった。

 相変わらずの鬼刑事は、土日は基本休みだと言うのに、土曜日の日没まで署にいることも珍しくなかった。けれど、出会って二回目の秋を迎えたころから、彼が店に来る頻度と、滞在時間が増えた。私が彼を欲しがる頃に、ふっとやってきて、翌朝早くに出て行く。だんだんと私は、彼が来る予感を的中させるようになっていた。

 予感がしたら、私は必ず部屋を綺麗に掃除した。死体や血痕と言った穏やかじゃないものをいつも目にしているであろう彼に、私の部屋でまで神経をささくれ立たせるものを見せたくなかったのだ。

 日野市に来てから、私はそれまでの衣服の好みなどを大きく変えていた。その道とすぐに分かるような、体のラインが出る服は捨てた。化粧も、木造りの喫茶店に合わせて、派手でないナチュラルなものにして、香水は殆ど付けなかった。都心のマンションで毎日飾っていた大輪の百合や薔薇ではなく、部屋にはヒナギクやスノードロップと言った、こじんまりとした花をつける鉢植えを置いていた。これだけを見れば、誰も私を水商売をしていた女とは分からないような変化だった。そんな小さな花たちを、私は美しいと思えるようになっていたのだ。

 エプロン姿でスーパーまで買い出しに行くなど、かつての私では考えられなかったことである。サンダルをひっかけて、薄化粧で街を歩く。下校中の小学生の群れとすれ違っては、季節ごとに彩を変える家々の花壇を眺めやる日々が、私には新鮮だった。彼が好きな料理を作りながら、次第に自分もここの空気に染まっていくのだろうか、と考えるようになっていた。

 それでも私は、サイドボードに置かれた写真立てのなかの記憶から離れられないでいた。

 背中にはいまも、紫が基調の黒揚羽がある。この刺青は志々雄と揃いで入れたものだった。志々雄が右の羽で、私が左の羽。完成まで二年かかった。あの日々が、私の愛だった。

 志々雄から贈られたリングもジュエリーケースのなかに入ったままだった。

 ワインレッドに輝くスターダイヤモンドは巨大なもので、揃いのネックレスと共に志々雄から贈られたのだった。これを遠ざけると、過去がどこかへ行ってしまう気がした。志々雄だけでなく、志々雄との思い出を自分から遠ざけてしまうようで、どうしてもそれは出来なかった。

 寧ろ、彼が私を怒って叱ってくれたら、遠ざけられたかも知れないのに、彼は決してそうしようとはしなかった。だから今も、110カラットのダイヤモンドは、宝石箱の真ん中で輝いている。

 炎の記憶が私の澱となって、檻となって、日ごとに檻を重ねていた。悪夢にうなされて夜にひとり飛び起きるのが怖くて、彼を求めては満たされ、彼の胸で眠った。

 ―――――私が彼に甘えていたのだと思う。



 だから

「好きな奴が出来た。だからもう、ここには来ねぇ」

 と言われたとき、(来たか)と思った。

 ……落ち着け、私の心臓。

「あ、うん、知ってるわよ。刑事課の山崎さんでしょう?」

 言うと彼は少し目を瞠らせる。

「……知ってたのか?」

「『胡蝶』の由美を甘く見ないで頂戴」

 ふふふ、と笑って笑みを作る。驚いてはいないフリをするために、敢えて私は静かな声で自分の鼓動を隠した。

「なーんて、う・そ。そんなじゃないわ。鎌足が喋ってくのよ。そういう事、敏いからあの子」

 言うと、またあいつか…、と溜息をついて背もたれに背を凭れかけ、天井を見るように首をぐっと後方に反らした。当直明けなのだろう、頬が少しこけてただでさえ白い肌が透き通っている。刑事課は激務だ。まして彼は、「鬼」で通るほどの仕事中毒である。対して、鎌足の所属する生活安全課は、刑事課ほどの激務では無かった。男のくせに婦警の恰好をした鎌足は日野署のムードメーカーで、特に子供やお年寄りに人気があった。一方この人は鎌足が苦手で、いつでも百万ボルトの鎌足に、こっちがエネルギーを吸い取られる、と言う。

 鎌足は彼を、鬼だ悪魔だと言い、いつもちょっかいを出しては怒られ、それでも懲りずにああだこうだと、突っかかっている。その様子がすっかり日野署の名物になっており、たまに鎌足が体調不良で休むと、署の明るさが半減することで有名だった。それでいて事件発生の際には彼と鎌足は絶妙のコンビネーションで、早く確実に動き、互いの手を煩わせることは決して無いと言う。二人は迷コンビなのだ。

 鎌足みたいに、いざと言う時にこそ、彼を助けられたらよかったのに。

 思いながら、私も小さい、しかしはっきりした口調で言った。

「…そっか。実はね、私も、プロポーズされてたの」

 彼が目だけで「誰に?」と訊いて来る。

「えっとね、安慈さん」

 寺の息子として生まれた安慈さんは、建物のなかで修行しても人を救うことは出来ない、と言って寺を飛び出しあちこちで仕事をし、今はこの町で腕の良い仏像彫刻師をしている。変わった人で、「胡蝶」でボディーガードをしていた。世の中の綺麗なところも汚いところも両方見るために、夜の街で勤めてみたかったそうだ。彼は途中で胡蝶を去り、私たちよりも前に日野市に転居していたが、日野市をふらふら歩いていた張がたまたま、彼の庵を見つけた。

 安慈さんは、彫刻師をしながら近所に畑を借りて、自然農法をしている。土づくりから始まったそれは、いまは「安慈のやさい」として直(じか)販売がされていた。収穫量が少ないため貴重だが味が良く、地元ではなかなか好評である。私も季節の野菜を買いに良く利用していたが、その彼からプロポーズを受けたのだ。

 彼は、自分の気持ちだ、と言って、木彫りの像を置いていった。それは、私の形をしていた。「胡蝶」の頃の私でも、「姐」だった私でも無く、喫茶店のオーナーをしている今の私だった。スカートやエプロンの模様までが丁寧に表現されていて、私はとても嬉しかった。

 彼は言った。返事はいつまででも待っている、と。

 安慈さんは、私のことを知っている。彼の庵と畑に出入りしている宗次郎からも、いろいろ聞いたのだと思う。

 志々雄とのことも、このひととのことも。すべて。

「………そりゃまた、面白えこともあるもんだな」

 胸ポケットのセブンスターから一本を取り出し、鋭い金属音を鳴らして火をつけようとする彼からライターを奪って、私が代わりに彼の銜えた煙草の先に火を点す。

 Zippoのジャックダニエルは重厚で、冷たい硬質の手触りが彼のお気に入りだった。

「あいつが、なぁ」

 言いながら、フー、と紫煙を吐く。

 もともと煙草は嫌いだったが、刑事になって被疑者と向き合ううちに彼らに合わせて、吸わざるを得なくなったと言う。けれど剣道をしている都合で、必要時以外は吸わないようにしていた。その彼が煙草を吸うのは、落ち着いて何かを考えたい時だ。

 私の事を、考えてくれているのだろうか。

「ねぇ」

 いつものように、聞く。とにかく平然を装って。

「一度聞いてみたかったんだけど、男同士って、あなたが旦那なの?それとも嫁?」

 質問に、紫煙を肺に吸い込もうとしていた彼が、うっと噴き出した。

 見慣れた喉仏が上下する。カウンター席で前傾姿勢になって、えほ、えほ、と咽る彼に私は「大丈夫?」と声を掛けた。

 彼は子供の頃、結核になって死にかけたことがあると知っていた私は、慌てて彼の背中に手を回し、上下にさする。

「……く……そ、……お前の、せいだ」

「……ごめんなさい」

「………」

 呼吸が落ち着いてから煙草の火をもみ消し、眉を顰め、困り果てたような貌(かお)をしぶしぶ上げ、彼はぼそりと呟いた。

「………俺が、…………嫁」

 ―――へぇ…

「カッコいいわねぇ、山崎さん。あなたを嫁にするなんて、そうそう出来ることじゃないわよ」

(私はあなたの嫁にさえ成れなかったのに)

 沸き起こる言葉を、胸の裡(うち)に潜ませる。ここはいつも通り、明るく済ませたかった。せっかく彼が選んだことだと言うのに、私の心の闇が原因で彼を悩ませるのは、嫌だった。

 きちんと、祝福しなきゃ、おめでとうって。

 銀座にいた頃の私の周りは、ゲイは珍しくなかった為、彼の告白にさほど驚かなかったが、刑事の彼にとっては気恥ずかしいものなのだろう、白い肌がピンク色に染まっていた。私の前ではこんな表情をしたことが無かったのに、彼はいま、ごく普通の人間としての表情を出すことが出来ている。さみしさを感じつつも、私は心のどこかで納得した自分がいることに気が付いた。

 鎌足の話では、山崎刑事は、とても刑事とは思えないほど穏やかで、誰にでも優しい男だと言う。

『あたしが嫁に欲しいぐらい』

 物騒な物言いに、ちょうど休みに来ていた張が、飲みかけのコーヒーを派手に噴き出したことを思い出す。もう~、なにやってんのよ、張!と言いながらも、世話焼きの鎌足は、おしぼりで張の顔や服を拭いてやりながら話した。

『だって、ほんとに優しいのよ、山崎さん。署内の花の手入れをさせると、枯れかけの花だって、すごく元気になるの。昔から園芸やってたんだって。それも、病気のお母さんのためだったって言うじゃない。親孝行で最高!』

 鎌足は早くに両親を亡くし、施設で育ったところを、裕福な家の養子に迎えられたが、義父母から自立したくて、夜の銀座でアルバイトをしていたのだ。それから警察官になって、日野市に越してきた。それもあって、山崎刑事を気に入っているようだった。

『感動したのは、「愛しのレイラ」がすっごく上手いこと!今まで何度もリクエストしてるの。いつ聞いても良いのよ、すっごく!家の花が元気がなくなったときに聞かせてるんだって』

 「レイラ」はエリック・クラプトンの名曲だ。音を出すのはさほど難しくないが、独特の、枯れたギターの音を出すのは難しい。マニアの張は、いくら練習してもクラプトンの音は出せない、と嘆いていた。

『山崎さん言ってたのよ。「レイラ」を弾くときには、好きな人のことを想像すると、クラプトンの音が出るんだって』

 「レイラ」は、当時禁断の恋をしていたエリックが、想いを音楽にしたものだ。苦しい想いが、世界の名曲になった。その後のクラプトンの恋は散々なものだったが、音楽だけは美しいまま残った。

 私も「レイラ」は好きだった。イントロも、中盤以降の、泣きたくなるようなピアノ・バックのメロディも、いつまでも聞きたくなる。

 このひとは、そこまで想われていることを、いつ知ったのだろうか。

 日野管内で「鬼刑事」と言えば通じる彼と、親孝行で誰にでも優しくて花を愛し音楽を愛する刑事とは思えない山崎と言う人。でも私は彼が、誰にも知られないようにして傷ついては、ひとりで嘆くひとだと言うことを知っていた。だから私には、異なるふたりが重なってみえる気がした。

 彼が胸ポケットから携帯電話を取り出した。液晶をみる目が僅かに揺れる。…山崎さんなのかも知れない。

 このひとは、実際とても正直で、嘘を見抜くことは上手いくせに、自分で嘘がつけなかった。私にも自分にも嘘がつけなくて、だから、こうしてここに来たのだろう。

 そんな彼を、私は好きだった。

 彼はメールに返信をしながら、これまで何十回も座っていた椅子から立ち上がった。私は慌てないように、ゆっくり彼の後を追った。サンダルを、踏みしめる。変な音を立てたりしないように。

 いつものように彼にコートを着せて、首に掛けたマフラーがコートの襟を邪魔しないように、マフラーを彼の胸に真っ直ぐになるように正した。マフラーをコートのなかにきちんと入れて、彼の胸板を二回軽く、ぽんぽん叩いたところで、彼は私を呼んだ。

「由美」

 男にしてはトーンのやや高い、酷く澄んだ声。

 このひとは何度、こうやって私を呼んだだろう。私は何度、彼の名を呼んだだろう。

 漆黒の瞳を私はみていた。

「幸せになれよ」

 私も、伝えなきゃならなかった。

「……うん。あなたもね」

 言って私は、これまでのなかで一番、心を込めて笑顔を作った。志々雄の隣にいた時よりも、ずっとずっと、綺麗に映るように。

 すると彼は、不意にふわりと私を抱き寄せた。

 髪が香る。煙草の香りと彼の匂いが混じって、私を包み込む。

 沁みこむような感覚に、こんなときになって、改めて私は分かった。

 このひとはこうやって、この街で私を守ってくれていた。いつも、どんな時も、震える私の心と体をこの世に引き止めるかのようにして、空気のように風のように、ひとりぼっちの私を抱き留めてくれた。だから私は今日まで、立って来られたのだ。

 私が初めて彼を求めた時も、それからのことも、やろうと思えばこの人は私のすべてを否定できたのに、否定しなかった。志々雄は、私から志々雄を奪ったけれど、このひとは私から何も奪わなかった。与えるばかりだった。

 私は与えられるばかりで、だから、ずっと彼に甘えていた。それが心地よくて、彼を苦しめた。彼の煙草の本数は、この四年間で三倍に増えていた。

 だから私は、このひとをきちんと送り出さなきゃいけない。

 そう決意したのと同時に、彼の体は私から離れ、彼は睫毛を伏せてしなやかに身を翻し、エントランスのドアを開けて消えて行った。

 耳慣れた靴音が遠ざかる。

 カランカラン……と言う明るいドアベルの音が、さっきまで彼が居た空間に響いて空気を震わせた。急速に下がる体温が、自分が一人になったことを証明している。

 このドアを彼が開けることは もう 無いのだろう

 訪れた静かな空気のなか、ひとり立ち尽くす私の脳裏に、彼との四年間が蘇った。春の日も秋の日も雨の日も雪の日も、彼を愛していた。

「…………―――――」

 いつの間にか頬には、一筋の涙が流れていた。けれどもそれは、温かく私の心を濡らすだけで、ちっとも辛くなかった。

 彼が生まれた月に紫陽花のうえに降る雨のように、それはしこりになって最後まで残っていた私の澱を、檻を、滑らかに穏やかに溶かしていった。

 溶けたそれは緩やかな流れになっていくようだった。長いこと彼を育んで来た光眩しい多摩川のように。

 この涙を超えたら、私も、歩みだそうと思う。



 辛いことも 苦しいことも

 悲しいことも みんなみんな

 彼が彷徨に連れ去った



BGM  「Layla(愛しのレイラ)」Eric Clapton


 14日の聖バレンタイン祝祭日に作成開始。
 20日に日本武道館でクラプトンのライブを、1階ほぼ正面席で見て来た翌日に脱稿。


あとがき(令和3年9月)
 BM「あなたの海に還るまで」やそさん、Sepia「すみれ色の季節」満寿子さん以上の女性を書けずにいたところ、こちらの由美さんが出てきてくれました。当初から一人で喋ってくれたので、覆霞はただ打ち込んだだけでした。この由美さんが、これまでに書いた女性の中で一番好きです。
 作成中に使用したものは「Our Lady of Lourdes」でした。