Diary & Novels for over 18 y.o. presented by Reica OOGASUMI.
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      最終更新21th Sep.2021→「Balsamic Moon」全面改装
 土方さんと一緒に暮らし始めて一週間が過ぎようとしている。二十四時間営業のスーパーが目の前にあるこのマンションは署に近く、仕事の鬼である土方さんがふらふらになって夜八時過ぎに帰宅しても、少し前に俺が帰宅していれば彼に温かい食事を出せる。そう言うわけで、俺は帰宅の前に、出していたクリーニングを引き取りがてらスーパーに寄って、買い物をするのが習慣になっていた。
 今日の特選は、北海道産じゃがいも「インカのめざめ」。近所のベテラン奥様たちが争奪戦を繰り広げた痕跡が残る売り場に行くと、どこからか店長が忍者のような滑らかさで近づいてきて、「山崎様、御指示の通り、お取り置きしておきました」と「インカのめざめ」5キロ2980円を三割引きにしてビニール袋に入れ直したものを差し出した。

 おおきにありがとうさんだす、と言って、受け取る。ずっしりとした重みを覗き込むと、皮が輝いている。「ただ茹でるだけでも美味しゅうございますが、先日お届けしたバターと醤油で味付けなさるのもお勧めでございます」と店長直筆のメモまで入っていた。店長はぺこりと頭を下げると、店の奥に戻って行った。

 実はここの店長と俺とは、親同士が懇意なのである。ここが地元ではなく、まして警察官の自分としては名乗るつもりは無かったが、スーパーが出来ると同時に就任した若い店長が、何気なく、開店セール中に買い物をしていた俺を見つけて挨拶をしてきたのだ。その夜、実家に電話をすると、母親の高校大学時代の同級生の息子が、あの店長だそうである。早速実家から「ヤマザキゴルフクラブ」年間プレミアムゴルフ会員チケットが送られたようで、当時の俺の家宛に、大量の青果物と魚肉が届けられた。いまのマンションに引っ越してからは頻繁に利用して、贔屓にしている。

 広い店内に、全国からの色とりどりの品ぞろえは、見ているだけでも楽しい。俺が気に入ったのは、品物が旬のものが中心で、有機野菜が豊富なところだった。何を食べても平気な俺とは異なり、あのひとは体がかなり敏感で、つまりどこもかしこも繊細なのだ。夜もえらい繊細で、毎晩こっちが死にそうや。

 買い物客に紛れてニヤニヤ笑うわけにも行かないので、顔を引き締める。俺なりに頑張ったが、それでも頬は緩んでいると思う。

 表面上だけでも己を叱咤して、毎朝の手作り野菜ジュースの材料と、鮭と玉ねぎも買った。今夜は鮭のエスカベージュと洋風煮っ転がしだ。休憩中に、「●分クッキング」見て予習したさかい、完璧やねん。

 と気合を入れて帰宅したら、ちょうど風呂上がりの土方さんが上半身裸の体にダークブルーのバスローブをひっかけて出て来たところだった。最近切った髪が白い項を濡らしている。

「ん、帰ったか」

 おかえり、と喉仏を静かに上下させた彼の肌蹴た胸元に、昨夜俺がつけたキスマークが散々見えた。

 あ、あかん。





 爆発しそうな性欲を何とか抑えつけて料理をすると、「インカのめざめ」を見て農家出身の土方さんは喜んでくれた。「インカのめざめ」は北海道でなければ作れないのだと言う。土方さんの実家ではシャドークインとメークインを育てているそうだ。

 「インカのめざめ」は今日使う分のうち、半分を洋風煮っ転がしにして、残りの半分は手を加えずに蒸かすだけにしたら、土方さんは美味いを連発してくれた。真正面から褒められると、やはり嬉しかった。

 学生時代を東京で過ごすことになった俺は、従兄弟の山崎陽介と一緒に、クッキングスクールに通っていた。俺の伯父であり陽介の父親が、俺たち二人を通わせたのだ。だから大学三年の夏まで世話になっていた陽介の実家で、男ふたりで料理の練習と研究をしていたのだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。明日から「きょう●料理」もチェックせなあきまへん。

 俺は良い気分で、サッポロビールを片手に「インカのめざめ」に感激する土方さんをおかずにしながら(…)夕食を摂った。

 二人ですっかり平らげた皿を食器洗い機にセットすると、俺の後ろで腕を組んだ土方さんが言ってきた。

「お前(めぇ)の料理が上手いこた、この一週間で良く分かった。だがな、」

 振り返ると、彼の綺麗な双眸がぎろりと剥かれる。目の前でこれをやられるとえらい迫力で、イキそうになる。被疑者からも大人気の彼の凄味を、同棲一週間目でベッドのなかだけでなく、キッチンでも味わうことになろうとは、出会った時には想像もしていなかった。

 そんな俺の心中も知らずに、彼は紅の唇をくわっと開けた。




「野菜がなっちゃいねぇ!」




 はいいいい?!




 言って土方さんは組んでいた腕を解き、どかどか歩いてリビングを去って、どかどか廊下を歩いて自分の部屋に行ったらしかった。きっかり二分後に戻って来た時、彼は手の中にプラスチック製の大きな円柱型のケースを抱えていた。

「これを使え」

 円柱ケースの蓋を開けると、真っ白い粉が出て来た。

「何ですか、これ」

「これはよ、」

 土方さんは、慣れた手つきでケースの中から透明のスプーンを取り出し、白い粉を一杯掬って俺に差し出した。俺には、ただの白い粉にしかみえへんねんけど。

「農薬を取る」

「えっ」

 初耳である。

 驚く俺にくるりと土方さんは背を向けて、キッチンカウンターからガラス製の耐熱ガラスボウルを取り出して、浄水器付きの蛇口から水を出し、ボウルに溜めたそこに、白い粉を入れる。

「こうして溶かして、野菜を突っ込む」

「はぁ」

 土方さんは、三分待て、と言って、テーブルに戻っててきぱきと片付け始めた。やらなくて良いと言っても家事をきっちりやる彼は、刑事課に配属されてから、仕事以外では実家と試衛館道場に行くぐらいしかルーチンは無く、事件が多かった二、三年ほど前までは好きな車にも長時間は乗れなかったから、仕方が無く室内にいるようになったと言う。もともと神経質なところはあるのだろう、意外にも細々としたことが出来て、正直俺は驚いていた。俺のワイシャツのボタンを付け直してくれた時は、涙が出るほど感動した。(「変態か、てめぇ」と言われたが)

 もう少し手を抜いてくれれば、俺が土方さんのシャツだのインナーだのを畳めるのに…と残念に思っているのは、ここだけの秘密である。言った方が、家事を全部させてくれる可能性はあるが、どうしようか迷うところだ。すべての家事を俺がするのは構わないが、家事をする土方さんも見ていたい気がする。こんな彼は、誇り高い主フである鎌足さんには絶対に内緒なのだ。

「ほら、取れただろ、農薬」

 はっとすると、土方さんがボウルを指差した。先程の耐熱ガラスボウルを覗くと、メークインが沈んでいる水の表面に、なにやら半透明の浮遊物や七色の油膜のようなものが、ぷかぷか浮かんでいる。

 これが農薬か。

「…ほんまや…取れるもんやねんなぁ……」

「有機栽培っつっても、農薬は使われてるからよ。肉とか魚とかも漬けると、すげー柔らかくなる」

「知りませんでした…」

 知っといたほうがいい、と彼は真剣な眼差しで続けた。

「俺の家(うち)、農家だからよ、自宅用には絶対農薬かけねぇ。俺の体がこんなだろ? てことは、あそこの家の連中も全員体がおかしい、ってわけで……だから益々、農薬とか石油とかを、避けてる。そうすれば、こんな体でも少しはマシにはなるからよ」

 同年代の男よりも遥かに細くて、皮膚の弱い体。筋肉も柔らかくて、初めて抱いた時には、どうしようかと思った。関節が外れでもしたら、どうしようかとも考えて。もちろん、人生を以て全責任は負わさしてもらいますけど。

「ま、普通の店で売ってる野菜を食ってもお前が平気ってンなら、お前の体は丈夫ってことだろ」

「土方さんが、ほとんど外食しないのは、その為ですか」

 聞くと彼は、おぅ、と答えた。

 日野署にも、飲み会がある。形式的な宴会だったり、気の知れた仲間内での小さな飲み会だったりするが、土方さんの出席率は半分以下で、参加しても酒を飲んで枝豆をつまむくらいだった。当初は外食が嫌いなのかと思っていたが、近藤署長とは月に二回程度、昔から行きつけの居酒屋には行って普通に食べていたのだ。そこの店主のオヤジとオフクロさんは、土方さんの体が異常だと昔から知っていて、化学調味料を全く使わない料理だけを提供するのだそうである。そうすることが他の客の為にもなるからと。

 近藤署長は彼の幼馴染で、土方さんの何もかもを熟知していた。あまりの阿吽の呼吸に、二人はデキているんじゃないか、と署の全員が疑っていたが、その頃既にこの人は、駒形由美と付き合っていたわけで、ひそかに俺はほっと胸を撫で下ろしたのだった。努力の俺でも、近藤署長の立ち位置には敵わない。幼馴染で、天然理心流の師匠で、上司で大親友、おまけに「トシ」「勝っちゃん」と呼び合う仲。未だに、シクシクと胃が痛む。

 署長はとても良い人で、曲者揃いの刑事課を初め、署内のあらゆる課のあらゆる人間を良く観察し、個性を掴んで、上手く使っていた。御蔭で日野署は、紋切型の警察官の集まりでは無く、どんな人も自分を生かして仕事が出来ると言うことで、就職倍率が他の署に比べて格段に高い。そして一度配属されたら、なかなか転勤しようとしないことでも有名になりつつあった。

 仕事はきっちりやって、アフターファイブは武道に励む署員が多いここは、昔は単なる運動会系の人間の集まりだったそうだが、近藤署長になってから、永倉さんや鎌足さんと言った、賑やかにみえて実は心根が優しい署員が多くいるのである。ここをこうしたのは、俺はやはり近藤署長の力だと思う。

 土方さんが外に出て、二人で食事に行くのも、俺が知る限り近藤署長とだけだった。だから基本的に、彼は外食はしないのだ。お姉さんの蘭さんに叩き込まれたと言う料理は家庭的で、俺はかなり好きである。

 極端な美貌と、良く出てくる悪態の酷さに、沢山の人に多々誤解されているが、土方さんは家の中ではごく普通のひとだった。どうみても鬼ではなかった。鬼に野菜は愛せないだろう。

「せっかくの『インカのめざめ』だからよ、ちゃんと農薬を取ってやれば、もっと旨くなるだろ」

 言いながら土方さんは、ビニール袋のなかに残っていた「インカのめざめ」を取り出して、さっと洗った後で白い粉を追加したボウルに、ぽんぽん入れた。彼の白い手が、野菜ストッカーにも伸びて、蘭さんがこのマンションの管理人室に預けて行った無農薬のメークインを取り出す。

 赤と深緑のタータンチェック模様のエプロンを身に着けて、鼻歌を歌いながらメークインで煮っ転がしを作り始めた土方さんを見ながら、俺は感激で体を震わせていた。

 この人は俺の見込んだとおり、やっぱり鬼やなかった

 嫁の土方やぁぁ!!!







≪あとがき≫

 無農薬で頑張る農家を超絶に応援しています。

「彼が彷徨に連れ去った」を上げた前日のエリック・クラプトン武道館チケットを取ってくれた友人は、大工さんです。主に東京と神奈川の建築現場にいます。平成25年のポール・マッカートニーIN東京ドームも一緒に行きました。

 刑事であれ農家であれ大工さんであれ、現場を走り回って人に塗れ土に塗れ木に塗れ…が素敵だと思います。そこに、生き生きとした命と縁があって、命と縁は、化学でも論文でも解き明かせないものですから。

 こんなアホな文章を書いていますが、覆霞がライラの血縁だったら、絶対にこの人を、仏界にではなくて昇天に持っていきました。

 高く青い、穢れなき空へ。

 心の底から、そうしたかった。

 大久保よりも木戸よりも斎藤よりも果てしなく、ライラを甘やかすのは、そういう理由です。


                     覆霞レイカ
autor 覆霞レイカ2014.03.07 Friday[02:10]
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