Diary & Novels for over 18 y.o. presented by Reica OOGASUMI.
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酷い頭痛がして目を開けると、視界は酷く暗かった。 体中が鈍痛に悲鳴を上げている。ここは浄土かはたまた地獄かと侭ならむ頭脳を巡らせていたが、燻ったような香の香りが鼻をついて、終に極楽へ至ったかと思った瞬間、がらりと障子が開いて、夜風が俺の褥(しとね)を湿らせた。 現われたのは、闇にも映える月光の肌。彫りの深い貌に埋め込まれたような瞳はぎらついて、幼子には似合わぬ光芒を含んでいた。 「和尚」 総髪の、まだ十を越えたばかりにみえる童は、声変わりする前の澄んだ声で廊下の向こうを見やった。やがて、奥からぱたぱたと小走りに掛けてくる足音が聞こえて、どうやらここが楽獄のいずれでもないことを俺に示唆する。 「和尚、起きたぞ」 「おお!」 近づいてくる坊主の明るい表情をみながら、俺はもう一度瞼を閉じた。 あのひとは、髪を切った。 いつだったのかはわからない。私が邸を訪ねたときには、肩に触れるまであった髪の毛が項にかかるかかからないかの長さになっており、病的なまでに白い肌が剥き出しになっていた。 西郷翁が廟堂を去って数日、あのひとは会う度に蒼褪めてゆく。 誰にも心を許さないとでも言いたげに。 およそ一年半にわたる洋行を終えて戻ってきたあのひとはさらに陰影を増し、都下で闊歩する我々の目を惹きつけた。もっとも帰朝したとはいえ家に閉じこもりきりで、日の下(もと)に姿を現すなどはしておらず、だから肌の白さは相当なものになっている。 本当の“静養”をした方がいいのではないかと、我々の間で囁かれて数ヶ月が経つ。だから、安息を妨げるかのように闇夜に紛れて訪れる人影を目にする度、私は胸の辺りを押さえては浅く呼吸を繰り返すのだった。 「…っ、はぁ……」 危険だ、と思う。あのひとの体が。あのひとの心が。 が、自分にはどうすることもできない。ただ命じられるままに沸き立つ太政官を観察し、報告するしか、あのひとの信頼に報えない。 そう思ってうめくと鼻頭に柳の葉が触れ、ふらつきながら夜道を歩く自分に気がついた。 溜め息をついて空を見上げた。星が微かに瞬いて、やがて動乱を迎えようとする世界に、せめてもの慰めを降らせてくる。 その日の午後書類を持って執務室の扉を開くと、私と同じく警視庁警部補の藤田さんが長椅子に背を凭れておりました。確か今朝方、当直を終えて非番を取られた筈なのですが、こんなことは珍しくではないので扉口で頭を下げ、私は大久保卿へ入室を請いました。
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