Diary & Novels for over 18 y.o. presented by Reica OOGASUMI.
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BGM: THE POWER OF LOVE(1984) /JENNIFER RUSH
Destiny (1985) /JENNIFER RUSH Backstreet Boys's Greatest Hits /Backstreet Boys http://youtu.be/j3vhCbZ6B5g 目が覚めると、やたらと体が怠く、寝返りも打ちたくなくて、布団のなかでだらだら過ごそうとしたところで、隣にあった筈の体温が消えていることに気が付いた。 「……」 午前六時。 昨夜漸く、ダンボールの山がすべて片付き、引っ越し処理が終わった。と言っても、俺の荷物よりも山崎の荷物の方が遥かに多く、職業柄、引っ越し業者に梱包を解かせたり整理をさせたりするのも気が引けた為、引っ越し当日から二週間かけて、山崎と俺の二人であの大荷物を捌いたのだ。 園芸と語学が趣味とのことだが、半分以上が仕事なんじゃねぇかと思えるほどの量の大きさに、捜査現場で大量のゴミやら死体やらを見慣れている(と自負のある)俺も、さすがに閉口した。 某国営放送が出版している「趣味○園芸」などの一般書店で購入できる書籍から、英語やフランス語で書かれた専門書だけで、百冊。育てて居ない筈のハーブや高山植物の写真集が数十冊。何故か盆栽の本まで十冊あり、ほとんどがカラー写真を大量に含んだ、つまり大型の重い本だった。 これに語学辞典や語学の学習書が四百冊程度。 ちょっと有り過ぎじゃねぇか、どこに隠してたんだ、こんなに、と質問したら、実家と親戚の家に置いてあったものを、今度こそ引き取ったんです、と微笑んだ。と言うことは、いま列記したものは他所に預けてあったものであり、山崎がここに越す前に住んでいたマンションにあった二百冊と合わせると、千冊近くになるんじゃねぇかと思われる程の大量の書籍が、山崎の荷物の大半を占めていた。 加えて、パキラやホンコンカポックと言った観葉植物。花々の鉢植え。スコップ、バケツ、肥料や皿などの、園芸用品。これまでに書き留めて来た語学と園芸ノート。 古めの洋楽だらけのCD。PoliceのCDは引っ越し中に俺に確保され、アクセラに収まった。ジェニファー・ラッシュの初版を発見した時は感動した。THE POWER OF LOVEはセリーヌ・ディオンが有名だが、ラッシュが歌うオリジナルの方が、透明感があって俺は好きだった。あれもいずれ確保するつもりだが、大量のCDは今は絶版になっているものもあり、処分するのを躊躇う気持ちは俺でも理解できた。 剣道具と衣類、それに車の雑誌程度しかない俺とは異なり、あまりの山崎の荷物の多さに辟易した俺だったが、親戚が経営すると言う不動産屋の口ききで、信頼のおける引っ越し業者を通常の三倍の人数を手配して、この新築分譲マンションに手早くダンボールの山を搬入させたのだ。その半分以上が山崎の書籍とCDだった。それらを漸く、リビングと書斎と山崎の部屋と寝室の、造り付けの収納庫に突っ込み終えたのが、昨夜だった。 CDの最後の一枚を棚に入れたとき、引っ越し作業が完了した、と言う些細な事なのに、凄まじい達成感に襲われて、俺たちは寝室の中央にあるこのベッドにごろりと仰向けになった。二人で見上げた天井には、スイッチ一つで開閉が出来る大きな天窓がついていて、そこに、黒い空を背負った三日月が見えた。輝くそれをぼんやり見ていたら、そのまま襲われ、今朝に至る。 連続で何日抱けば気が済むんだ、あいつ。 通常ならETCレーンを通り抜ける筈の料金所を一般車レーンに入り、開けたパワーウィンドウから手を伸ばして、係員に警察手帳とブラックカードを提示する。普段財布のカード入れに入れてある重いカードに印字された五七桐花紋とRYOMA SAKAMOTOの二つを見れば、いかなる時でも支払い不要でゲートが開く。
凍り付いた係員を横目で確認する間も無くアクセルを踏み込んで、愛車のアクセラハイブリッドを時速120キロまで加速した。ここでは、誰もこの車を停めることなどできやしない。 内閣総理大臣直轄の非公開特別警察。 アメリカならこう言うだろう シークレットサービス、と――――― 良い香りがする。土方さんの車と「サロニカ」に漂っていたあの香りが、嗅覚だけではなくて聴覚や触覚にまで及ぶような、それでいてどこかに溶けてしまいそうな、あの、
「………」 視界の右側に、紺と深緑の不定幅ストライプ模様が見える。薄手のシャツの下で肩甲骨が浮いていて、このひと痩せたなぁ、と思った。日を追うごとに痩せて、細くなって、なんだか髪の毛まで茶色に見える時がある。出会った頃は真っ黒だったのに。 こうやってこのひとはどんどん薄くなって、どんどん軽くなって、いつしか空気に融けて行くのではなかろうか 引き止めたくて手を伸ばそうとしたとき、意外にも腕が重くて上手く持ち上がらず、もぞもぞと布団の中でもがいてしまった。 ―――――布団? 「!」 一人で勝手に驚いた俺が起き上がろうとすると、彼が振り返った。 「起きたか」 「……土方、さん」 振り替えた彼はやっぱり薄くて、―――――髪は茶色だった。 自分の目がおかしくなったのだろうかと頭を左右に振りながら、俺は起き上がろうとした。土方さんが体を捻ってこちらを見て、腕を伸ばし、俺の体に掛かっていた二枚のタオルケットが体の前方に倒れるのを、白い掌で押さえながら、俺が起き上がってソファに座り直すのを介助してくれた。 土方さんの体の部分部分が近づくたびに彼の香りがして、クラクラする。上から二つ目までのボタンを外したシャツから覗く肌が艶めかしくて―――――クラクラする。 眠気の残る頭を軽く振った。 視界に入って来る家具を見たことが無い。マホガニーのチェストだ。綺麗な。 「ここ……土方さんのお宅ですか」 訊くと彼は、ああ、と言った。 「お前が途中で寝たからよ。お前ン家(ち)はだいたい知ってるが、管理人常駐で、オートロックじゃねぇだろ? 勝手にお前の鍵を使うわけにもいかねぇから、うちに連れて来た」 土方さんは、先程まで本を読んでいたらしい座卓を少し向こうに追いやって、俺と向き合うようにして座卓に座った。黒のジーンズを履いた脚は、やっぱり痩せていた。 うちに連れて来た、と言うことは、ここは土方さんの自宅マンションと言うことになる。今日、俺がキスして、キスした土方さんのプライベートルーム。 (………) 急に動悸がして、眠気が一気に覚めた。 土方さんはそんな俺に、座卓の脇にあったペットボトルを差し出した。俺の好きなクールマイヨール。いただきます、と言ってキャップを開けようとして、肩甲骨がひきつった。 「いた、」 キャップを上手く開けられずに固まった俺からペットボトルを取って、土方さんはきゅっとキャップを開け、ほらよ、と言ってもう一度俺に差し出した。常温になっていた水が旨いと感じて、三分の一ほど飲んだ。飲んで、はぁ、と軽く息を吐くと、土方さんの白い喉仏が上下した。 「…お前な、」 「はい」 「背中に、ひびが入っているそうだ」 「………は…?…」 「右肩甲骨と同じ側の肋骨二本に、軽くだがひび割れがある、為兄がそう言ってたぜ。レントゲンは撮ったのか?」 「…はい。松本先生からは何も言われませんでした」 言うと彼は、はぁん、と言って目を細めた。アイボリーの壁紙に反射した間接照明に照らされた睫毛が長い。睫毛も茶色に見えた。 「レントゲンでは写らねぇぐらいの、小さいヒビなんだろ。それじゃぁ、診断書で打撲扱いになっちまわぁな。……ま、あのヤブ医者に打撲と亀裂骨折で全治一か月とか診断書書かせれば、傷病休暇取れるだろ」 日野署は三十五名の刑事課署員で成り立っている。三十五名で六日間の当直を回す都合、俺たちはだいたい六日に一度の当直をしている。一回の当直で五、六名の刑事が刑事課の当直室に集まって、敷いた布団のうえでごろごろしながら事件が起こるのを待っていた。起こらない夜には皆で爆睡するか、布団に持ち込んだパソコンのキーボードを叩く。 骨にひびが入った背中では、そのどちらもが難しい。背中にコルセットを付けなければならないかも知れない。 だから治るまで休んでいろ、これは俺の命令。 いいな、 と土方さんは言った。 俺には、はい、と答えるしかなかった。ここで無理をしては、治癒に時間がかかり刑事課全体に迷惑をかけることになる。それは避けたかった。このひとが、 山南さんや鎌足さんにこれ以上責められるのは嫌だから。 このひとにあんな貌(かお)をさせるのが、嫌だから。 世界でいちばん、美しいのだから。 大阪出身の山崎さんが、その美貌と裏腹の鬼畜さで「妖女」と名高い土方さんと一緒に暮らし始めて数か月目の、春。
これは、珍しく降雪が続いた日野市も漸く暖かくなって、ぽかぽかの陽気が降り注ぐようになった、とある日曜日の朝の小話です。
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