Diary & Novels for over 18 y.o. presented by Reica OOGASUMI.
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      最終更新21th Sep.2021→「Balsamic Moon」全面改装
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 松本医師から「全治二か月」の診断書を持たされて日野署に着いた俺は、既にトレードマークになった婦警服を着こなした鎌足さんに両手を広げられ、派手に出迎えられた。彼の本日のネイルは水色のハローキティである。先週は、デイジー・ダック(ドナルドのGF)だった。生活安全課の彼のデスクには、特大のクマのプーさんぬいぐるみが警察官服を着せられて置いてある。警官服は鎌足さんの手作りだった。

「鬼が出払った今が、署長室に突撃するチャンスよ〜! あたしが山南さんを呼んで来て、あ・げ・る♪」

 そう言って鎌足さんが二階の刑事課第一(室)目がけて、署の一階から二階へと至る階段を駆け上るのを見上げた俺は、軽く溜息をついて、一階のほぼ中央に位置する署長室へ向かった。

ワイシャツ姿に肋骨固定用のバンド(柔らかめのコルセット)をした俺の姿を、署を訪れている一般市民の目が追いかけてくるのが分かる。山南さんと合わせて、「刑事らしくない刑事ナンバーワンとツー」「刑事課最後の砦」と呼ばれること甚だしい俺は、市民の目には「刑事らしくない気の毒な人」にしか見えないらしく、老婦人が膝に大切そうに抱いている円らな瞳をしたチワワにさえ、くぅん、と鼻を鳴らされてしまったのだった。

 …これが土方さんだったら、市民は恍惚となるか蒼褪めるかなのだが、どう頑張っても自分には、市民をそういう意味で恐れさせることは不可能らしかった。俺の為に?鳴いてくれたチワワに軽く笑った俺を見て、チワワを抱いた老婦人が会釈をしてくれる。一般市民に嫌われるよりは余程良いだろうと思い直して、俺は一階の廊下をまっすぐに歩き、山南さんが降りて来るまで、署長室と書かれた扉の前で待つことにした。

 待つこと一分で山南さんがやってきたので、彼のノックの後に俺は署長室に入る。左胸に警視の階級章、右胸には警察署長記章を輝かせて、近藤署長が俺たちが入室するのを椅子に座ったままの姿勢で眺めた。キッと音を鳴らして肘掛け付のチェアをこちら側に回転させた署長と視線が合ったところで、

 ふわり  と

 彼の香りがした。

 サロニカの香りだった。

 彼の涙が忘れられない。

 今もまた、泣いてはるんやないか――――――

 心で。
autor 覆霞レイカ2014.05.06 Tuesday[04:01]

BGM  Final Countdowm(extented version) et Ale' Japan
de "SUPER EUROBEAT presents DAVE RODGERS Special COLLECTION Vol.2"




 いつもお前をみて

 お前の傍に控える空気みたいなヤツで

 お前の邪魔はしないが

 お前が助けを求めれば

 飛んでくる筈だよ






 刑事課国際係は係長の山南を含めて六名で構成されており、署内で最も使用可能外国語数が多い山崎が療養休暇を取るとなると、残りの五名で回すことになる。幸いにしてここ最近は大規模な外国人犯罪は成りを潜めているが、事件がいつどのような範囲で発生するか、不透明なのが警察界での認識だった。故に俺たちは常時緊張状態にあると言って良い。

 日野署に来る前に配属されていた丸の内警察署の刑事課長が、外国語が堪能でコンピュータや情報管理に詳しい山崎を、なかなか離したがらなかったと言う。俺たち刑事課の刑事は基本的に職人気質で、世俗に塗れながらも、世俗とは一線を課して刑事の世界を生きることに人生を懸けている人間の集団、と言って良い。だから、多少性格が頑固だったり、かなり一本気だったり、俺のように「鬼」呼ばわりされたりと、現代ではほぼ壊滅した古臭い、良い言葉で言えば昔かたぎの日本人が多く存在する。

 そのなかで、山崎は異質だった。どうみても生活安全課か少年課としか思われない容貌と柔らかい口調の持ち主で、人に舐められる為に生まれて来たのか、と誰からも想われてしょうがない印象を抱かせる男である。童顔の総司とは違う意味で危険と言っても良いかもしれない。おまけに非常に穏やかな大阪弁を喋るので、初見で警察官だと見抜くことは難しい。それ故に築地署管内と丸の内管内では、山崎の聞き込みが非常に有効だったらしいのだ。聞き込みは一般国民の協力無しには為し得ないものだが、国民の多くが、警察なんざと関わりたくないものである。

 まして山崎は、警察学校を主席で卒業した頭の持ち主で、そのままストレートに仕事をしていれば、公安課に配属される道があったのである。公安は、警察のなかのエリートだけが入れる部署で、警察学校を主席で卒業することが必要最低条件なのである。俺は最初から刑事狙いだった為、主席卒業は考えていなかったが、警察学校寮で山崎と同室だった秋山と言う男が卒業時成績が第二席で、山崎が公安からの誘いを只管断ったことで、公安への道が開けて、いまは丸の内警察署の警備部公安課で華々しく活躍している。

 丸の内警察署を始めとする千代田区内の警察署は、俺たち警察官が一度は配属されてみたい、憧れの場所なのだ。そこの公安と言えば、ノンキャリと言えどエリートの塊であり、所轄の刑事とはまるで違う連中と常日頃から関わることになるのだ。

 以上のことを、署長会議で丸の内署や麹町署の署長から耳にタコが出来るほど聞かされて日野に帰って来た勝っちゃんから、繰り返し聞かされ俺の耳にはタコどころかイカが出来そうだった。だから余計、同じく公安への道を蹴っ飛ばした過去のある山南が山崎をいたく信任しているのも、そんな山崎を引っ叩いた俺を、山崎が療養休暇を取ってからと言うもの、悉く睨みつけてくる山南の気持ちも、嫌と言うほど身に染みてくる。

 のだが。

 あのとき、涙を拭いた俺が、なんで公安に行かなかった? と訊いたら、俺がいなかったから、と言う返答が来て、

『お前……どっかおかしいンじゃねーの?』

 半ば呆れた俺がそう言うと、あっさりと「そうかもしれません」と微笑まれ、もう俺は、どう反応して良いのか分からなくなった。

 あの上司にして、この部下あり、である。

 俺は溜息をついて、俺のほぼ正面に位置する山崎の、空いたデスクを見つめた。刑事課第一(室)は、強行犯係、国際係、鑑識係があるが、十か国語と言う桁違いの言語能力の為に辞書や書籍を持たざるを得ない山崎が、六つが一組になっている係員用のデスクから、一メートル弱離れた位置にある俺のデスクのほぼ真正面に、デスクを置いている。

 つまり、刑事課第一(室)の廊下側の壁を背にした山崎の、本棚を背負うようにして置かれたデスクがあるのだ。

 元は山南が使っていたデスクなのだが、大量の書籍や情報を扱う山崎には、書棚とデスクトップ型PCが良いだろうと山南が判断して、山崎にデスクを譲ったのだ。だから俺と山崎は、決して広いとは言えない刑事課第一(室)で、俺が窓側、山崎が廊下側の壁面に座る位置で、向き合う日々だった。

 ……その位置関係で、毎日のように俺はあいつの顔を見ていたのに、告白されるまで俺は、まるであいつの気持ちに気づかなかった。

 己の鈍さが故なのか、それとも山崎の大人しさが原因なのかと、俺なりに考えたのだが、「たぶん両方」と言う結論しか見出せなかった。

「………」

 思わず着いた溜息の深さに、我ながら呆れてしまう。―――――あいつ、

 俺と出会わなければ、東京の大学に進学する流れは全く無かった、と言った。

 …マジかよ。
autor 覆霞レイカ2014.05.06 Tuesday[03:05]
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