Oh! My sugar Daddy




 とてとて

 ゴンッ

 がらがらがら

 ぺと〜

「ままー」

「…んー?」

 俺がリビングのソファで横になっていると、ひとりで遊ぶトシが声をかけてくる。それが「まま」であったり「しゅうぶ」であったり、「もんも」だったりと多種多様で、はっきり言ってトシが何を言っているのか俺にはさっぱり分からない。

 しかし奴には分かるらしいのだ。

「トシはお前を心配しているんだ」

「うわっ」

 いきなり覗き込むなって!

 突然目の前に現れた(冷徹顔+ニヤケ面)/2に俺は柄にもなく慌ててしまった。対照的に落ち着いた大久保は自慢気に続ける。

「今日はお前がそうやってずっと寝ているから、トシは遊んでいる最中もお前が心配でしょうがないのだ」

 ほぉ。親思いのいい息子を持って幸せだぜ俺は。

 そして大久保は常に一言多い。

「俺もお前を心配しているんだぞ、斎藤…」

「俺がこうなったのは誰の所為だと思っている!」

「………(にやり)」

 はっ。

 これは拙い展開ではないだろうか。俗に言う墓穴を掘るとか。

 俺が休日の午後をソファで寝て過ごさなければならないのは、昨夜の大久保がケダモノだった所為である。お陰で朝から体は痛いわ、満足に動けないわ。

 大久保はそんな俺を(あろうことか)満足そうに見、顎鬚を撫でながら細長い体を折り曲げて俺の脚を寄せ、自分の膝の上に乗せてソファに座ろうとし、気色悪いからそれを辞退して脚を引っ込めた俺を切なそうな顔で見つめて腰を下ろした。

「…少しは夫々(ふーふ)愛というものを味わわせてくれたって…」

「煩い」

 俺が言うと大袈裟に溜息をついた。しかし次の瞬間に気を取り直し、マガジンラックに置いてあった分厚い冊子に手を伸ばして、それを見始める。

「ったく、何度見れば気が済むんだか」

「これは傑作だ」

 大久保がまじまじと見ているのは、先日、俺のお袋が実家から持ってきた俺の小さい頃のアルバムである。『せっかくだから大久保さんに見ていただこうと思って』と言うなりバッグから出したそれは、大久保の関心を惹きすぎてしまった。

 アルバムの一ページ目には、生まれたばかりの俺の写真が貼られており、下に時間と身長と体重がきっかり記されていた。

『この子ったら、一月二日の午前零時零分かっきりに生まれたんですよ。しかも3111グラム。おめでたいので、次男なのに一と付けました』

『それは確かにおめでたいです』

『あたしも三人目で安心してたんですけど、お産にかかった時間は三時間だったんですよ』

『超安産ですね』

『幼稚園に入ってからは外から帰ってきて、あたしの膝に頭をのっけて昼寝するのが日課でした。その所為か随分大きくなっちゃってねぇ。姉弟(きょうだい)のなかで成長が一番遅かったのに、今では一番大きくって。うちの鴨居に頭をぶつけるのが趣味なのよね、一』

 趣味じゃねーっつーの。

 お袋は大久保に俺の写真をみせながらいちいち説明した。運動会で出場した全部の競技で一位を取ったとか、お袋の実家の庭の木に登り、木を伝って屋根に行き下りられなくなったとか。

『大人しそうに見えて、やんちゃだったんですよ。大久保さんにご迷惑をかけていやしませんかね』

『とんでもないです。毎日楽しませてもらっています。これもお母さんのお陰です』

『まぁいやだわ大久保さんたら、お〜ほほほ』

 なにが、お〜ほほほだよ、と俺はむくれながら、ぐずりだしたトシを胸に抱いてあやした。それからも大久保とお袋は、俺のアルバムで会話に花を咲かせていた。その夜俺が大久保に笑われたのは言うまでも無い。そして俺のアルバムをもっと見たいと言った大久保が暫く所有することになった。だから俺自身、とうに忘れた自分のアルバムを大久保に見せられているのだ。

「中学生なお前か……生のガクラン姿を見たかった…そうだ、今度お母さんに制服を持ってきてもらえば、」

「なんか言ったか?!」

「いや、なんでもない」

 大久保の妄想をなんとか遮ったが、こいつは口にしたことは必ず実行するという困った癖がある。そういうことは仕事で発揮すれば十分なのに、私生活にも及んでしまう。

「高校生もいいな」

「二十年も前のことじゃねーか」

「俺が教師役でリトライ、待てよ…家庭教師のほうがいいか」

 大久保はぼそぼそ呟きながら俺に(真昼間だと言うのに)色目を使ってくる。

 リトライって何だ。

 嫌な予感がした俺が青褪めかけたところで、トシが大久保の膝に寄って行った。大久保の問題発言が暗礁に乗り上げることを祈る。

 ―――――あれ?

 そういえば俺は大久保の昔の姿とか、見たことない。

 俺ばかり暴露されるというのはアンフェアじゃなかろうか。ということで自然と口に出していた。

「お前のは?」

「ん?」

「お前の、成長アルバム」

「………」

 大久保は黙ってしまった。そこで俺は思い出した。

 そうだ、大久保の両親は十年以上前に亡くなっていたのだった。

 拙いことを言ってしまったか、と口を噤んだ俺だったが、大久保は「ふむ」と言ってトシを抱き上げてソファから立ち上がり、リビングを出て行ってしまった。

「やっば………」

 俺ん家(ち)は、両親がともに健康かつ長寿の家系で、俺のじーさんばーさんは四人全員ぴんぴんしているのだ。老人介護なんてそっちのけで、毎日ゲートボールにカラオケに、旅行をしてと、元気そのものなのである。この前トシを見せに行ったら、「いまの時代は男も子を生むんかね」と曾孫のトシを抱いた。「この子が大人になるまでは死ねんね」なんて笑いつつ。

 それに比べて大久保の家は結構病弱らしく、大久保の両親なんて六十歳代で二人とも鬼籍に入っている。そういやこいつも、半年に一回は寝込む体質である。驚くだろう。俺も驚いた。

 ふざけるのはやめて流石に無神経だったか、と俺はこっそり反省した。

 大久保はすぐに戻ってきた。

「悪(わり)ぃ…」

 ソファから起き上がった俺は、なんとなく小声。

「ん?」

「…いや、だからさ…」

 俺が言いにくそうにしていると、大久保は苦笑して「なぜお前が謝るんだ」と言い、手にしていたアイボリーの分厚い冊子を俺に差し出した。

「ほら」

「…え?」

「俺の、アルバムだ」

「へぇ……」

 かなりずっしりしている。古ぼけたアイボリーの表紙に「利通」と書かれていた。もとは真っ白だったのかもしれない。

 ぺらりと表紙を捲ると、なんだか可愛い赤ん坊がこちらをみて笑っている写真が真ん中に貼ってあった。

「誰だよこれは」

「ちゃんと書いてあるだろう?「としみち」と」

「うそくせー。妹さんの間違いじゃねーの?」

「おいおい…」

 俺は自分の目を何度も確認した。

 冗談でなく、ほんっとに可愛いんだ。目がくりんとして、肌はつやつや、満面の笑顔。もしかしてトシよりも可愛いかも…いや、そんなはずは無い(親ばか更新中)。

 次のページは、大久保が生まれた直後の写真。赤ん坊というだけあって、真っ赤である。体重は、2410グラム。ちっこかったようだ。お袋さんの隣で横になっている写真もあった。

 その次のページは完全に目が開いた大久保の写真。「灰色の目が病気じゃないか心配です」と、お袋さんの字だろうか、メモがしてある。

 更に次のページは、わーっと泣き喚いているであろう写真。メモは「利通はお医者さんが嫌いみたい」。

 驚いたのは、生まれてからの写真が、二歳ごろまでほぼ毎日撮られていたということだ。だからただのアルバムがこんなにも厚い。しかもメモが一枚につき一行は書かれている。「今日はごきげん」「お父さんとお風呂」「できるかな?」「あんよが上手」などなど。

「この字は、お袋さんの?」

「ああ」

「大事にされてたんだな」

「鹿児島は昔から長男を殊更大切にする傾向があるんだ。俺は長男で、下は妹ばかりだったから」

「ふぅん」

 ということは、かなり大事にされてたんじゃねーか。

 大久保の家は、貿易業をしていたそうだ。でも大久保が幼い頃はまだ順調とは言えず、家族三人で精一杯の毎日だったらしい。

 それでも写真のなかの大久保も、親父さんもお袋さんも幸せそうに微笑んでる。金なんかなくても、十分だったんだろう。

 ぱらぱらアルバムをめくっていると、雑誌とかで結構見慣れた景色が飛び込んできた。

「これ、桜島とか言う…」

「そうだ」

 そこには豪快に噴煙を上げる山があった。上には空、下には海が広がっている。

「すげー青」

 太平洋とも、日本海とも違う、濃いコバルトブルー。そこを、漸く歩き出したくらいの大久保が、ちょこちょこ動く様子が丁寧に撮られている。それがやっぱりトシにそっくりで、俺は目の前でちょこちょこ歩くトシと見比べながら写真をみていた。

 普段から、大久保は自分の故郷については話したがらない。ときどき電話で薩摩弁(だと思う)を喋ってはいるが、大久保は仕事で出張に行くとしても中国・四国止まりで、九州に行くことは無かった。

 俺は親戚がほとんど関東に集中していて、親父たちが里帰りしたところで東京から埼玉に移動するぐらいだし、九州すら行ったことが無い。想像もつかない。

 でもこうして写真を見る限り、綺麗なところだと思った。

 大久保はフローリングに横になり、トシを自分の体の上にうつ伏せにするようにして、トシの胴体をゆっくり持ち上げる。

「ひこうきだぞー、ぶーんぶーん、急降下」

「きゃ〜☆」

 なにやってんだよ、いい年して。

 俺は再び呆れたが、まぁ、トシが喜んでるからいいか。

 鹿児島かぁ。

 トシを連れて、東京の空を突っ切って三人で行けるといいな。

 大久保が赤んぼの頃、親父さんとお袋さんと一緒にそうしたみたいに、錦江湾(だっけ?)のほとりをゆっくり歩いて、それを写真に撮ってアルバムにして、どんどん厚くなっていって。

 トシが成長してアルバムをめくるようになって、明らかに東京の空とは違う色の空が映っている写真について尋ねられたら教えよう。

 ちょっと自慢気に。

 ここがお前の父さんが生まれて育ったところなんだぞ…ってさ。


戻ろうか