real eXtacy


 大久保は、普段から理解できないほどそっけないくせに、こういうときだけ異様にしつこい。

「…も、う…やめろ…」

 上辺だけの愛撫が俺の肩や背中を紅で満たしてゆく。消えないようにきつく吸ってはそこに何度も口づける大久保に、俺は言葉でしか抵抗できないカラダになっていた。

 耳を澄ますと内務省の廊下を往来する官吏たちの靴音が、絶えることなしに空間を満たしている。今にも扉が開いて入室を請うのではないかというほど切迫した空気に、俺は我慢ならない。たとえ鍵が掛かっていても。

 意識を外界の音に集中させる俺の姿をみて大久保は笑った。

「今更だろう…生娘でもあるまい」

「っ!」

「―――それともやめるか?ここで」

 冷たい掌で熱くなっている俺を握りやがった。

「…!!」

 びくん、と俺のカラダは全身で跳ねる。それで、伝わってしまう。

 耳元で大久保がまた低く笑って、俺は膝を震わせるしかなかった。それを合図にしたかのようにヤツの細い指が皮膚から粘膜をゆっくりとつたい、既に慣らされたそこに指の腹を押し付け、拡げる。もう一つの腕は俺の片方の膝の後ろを潜って体ごとを持ち上げようとする。扉の方へ向かせて。

「あ…っ…や…」

「聞こえるぞ」

 耳を噛み、分かりきった科白を囁きながら俺を、割った。

「――― !!」

 声を失った俺を、大久保は耳元で笑った。

 大久保は腕を腰から下へ通して俺の“前”を弄びながら、俺の背や項を愛撫する。これも上辺だけだ。

 俺は両手を目の前の机について、揺れる体を支えるしか、できなかった。

 まだ午前中で来客も多い時間なのに、呼び出された俺がいまいるのは執務室の最奥、肘掛のついた椅子に座る大久保の上で。

 しかもヤツとは対照的に一糸も纏っていなかった。床には脱がされた制服やらが散らばったままだ。

 廊下の足音がこちらへ近づくたび、肘も膝も震える。扉の前を誰かが通るときに限って、膝の下を支える大久保の手に体を開くように動かされそれに反応した俺の雄が跳ね上がるのを後ろから掌で再確認するようなヤツにいいようにされている自分がここにいるなど、信じたくなかった。

「っ…」

 また、足音だ。俺は前方をみた。

 同時に俺の脚が開かれる。扉に向かって、大きく。

「やめ…ッ」

「鍵はお前が掛けただろう?」

 声が笑っている。どこまでも嫌味なヤツだった。

 だがその声に……かどうかは知らんが、俺の雄が跳ねる。大久保の掌がそれを擦り、追い上げていく。心底愉しそうに。

 が、達きそうになったところで大久保はいきなり俺を半回転させ、俺たちは向かい合った。

「ぃ…ッ!」

 大久保の動きについていけない。粘膜が引き攣れて脚を硬直させた俺から自分を途中まで抜き、狭くなったところに狙ったように俺を落として再び大久保が強く穿った。

「斎藤」

「っアァ!」

 びくん、と跳ねて俺は達した。切れ長の眼が指すように“俺”を見下ろして、脱力したはずの俺の肌が火照ってゆく。じっと見つめたあと、掌が伸びてきて、俺の後頭部を撫でた。

「…うぅ、ん……」

 髭が押し付けられる。俺も大久保の舌を吸った。

 ――――ここは、大久保しか座れない席。

 ヤツが国を動かし、誰よりも高く君臨し、すました顔で敵を欺く。

 それと同じ場所で、仕事中とは別の顔に抱かれている。

 どれが本当の大久保なのか分からない。分からせもしないし、知りたくもない。こんなニヤけた野郎なんざどうでもいい。

 どうせ大久保にとっては、こういうことのなにもかもは下らん戯れなのだ。政のように自在に俺を操り、それを眺めて悦びそのついでに抱くだけ。ついでに、唇を奪うだけ。

 いつだってそうだ。俺ばかりが昂ぶらされて、自分は氷の温度を失わない。目が細まっても瞼の下は冷たいままで。

 俺の涙を笑い、冷たい指で触れては眦をくすぐってきても、こんなヤツに真実の優しさなんて存在しない。

 いまこの瞬間も、絶対にない。認めない。

 そんな思いを巡らせていた俺を引き戻すように、背中を冷たい掌が撫でまわした。這わせた掌で大きく円を描いて流れまわり、まるで、大切なものを扱うかのように。

「!」

 俺は体を強張らせ息を飲んだ。

 掌が冷たかったからではない。

 正夢が叶ったときのように胸が高鳴ったのだ。…愛されているという錯覚に、襲われたから。

 ――――なにを、馬鹿な…

「…ッ、ッ…!」

 撫でられて、また跳ねた。…まだなのに、欲が急に昂ぶって弾けそうになる。…俺は息を詰めた。

「だめ」

 やっと俺から離れた唇が抑揚のない声を出して、大久保は冷たい掌で俺をきつく握った。出口を、塞がれる。

「や…ァ…」

 俺は目を閉じた。たぶん、達くから。

 しかし冷たい掌は“俺”を握ったまま離さなかった。勿論、手伝ったりはしない。苦しくなって、俺は恐る恐る目を開けた。

 目の前の薄い唇がゆっくりと動く。

「だめだと言ったろう?」

 決して感情を滲ませない、酷い声。そしてより凍った瞳が俺を見つめていた。

 視界が、潤む。

 それを見た大久保の唇が吊り上った。

 悔しくて、俺は、大久保の腕を掴んでいた両手を肩に移動させた。首を締めるようにヤツの体を抑えるようにし、それでも足りなくて大久保にしがみつく。

 しがみついたのは洋服。漆黒のスーツを着こなして、俺を全裸にしたくせに自分は皺一つつけていない。

 俺は大久保のシャツのボタンを外しにかかった。

「………フ」

 俺のぎこちない指の動きを笑いやがる。でも止めはしなかったからシャツの裾をズボンから引き出し、タイを解きベストも開いて左右に広げてやった。

 病的に白い肌が露になる。俺よりも遥かに華奢な造り。

 俺は、いつもされているようにヤツの肌に掌をあてがった。やはり冷たくて、思わず手を離してしまう。というか、こいつの膚にしがみつくなんて俺はできないから。

 大久保はそんな俺の様子を舐めるような視線で観察していた。

「どうした」

 訊いてくる。あの、声で。

 答えないでいると灰色の目が縁だけで笑った。

 頬が熱くなった。

 そうこうしているうちに、ヤツの掌が既に泣いている俺を摘まんで揺らした。

「く……!」

 大 …久、保ッ…

 名前を頭に廻らせるだけで呼吸すら忘れそうになるのを、あんたは解ってるのか?

 解ってて、こんなことを?

「…あ、あ…ッ!!」

 大久保が動き出した。なかが、知らない深さまで抉られるようで、俺は大久保の裸の肩に爪を立てた。

 決して温まらない皮膚も声も、唇も目も、

「ふ…っ、う」

 なにもかもが憎らしくてたまらない訳が、あんたに解るのか?

 俺は

「んっ」

 俺、は

「あぁ!」

 ―――――――快楽だけじゃ、ないんだ…

 俺は大久保の肩にしがみつき、背中をできるだけ丸めて斜め上から首を曲げヤツの鳶色の髪の隣に頭を埋めた。声が漏れるのが嫌だから、右手を大久保の首を締めるように回し、親指の爪を噛んだ。

 ヤツの裸の胸と自分の胸が重なる。息が、俺の項にかかった。髭を押し付けられ、それすらも感じてしまう。

 ずるい……俺だけをこんなにして…

 大久保がまた背中を撫でてきた。さっきよりも大きく、抱き締めるように、両手で肌をまさぐった。

 この感覚がたまらない。

「ぅあ…」

 噛んでいた爪を離してしまう。折角丸めた背中を再び反らせてしまう。ヤツが狙ったとおり、俺は覆い被していた胸を大久保の膝の上で開くような格好をとってしまった。

「!」

 充血していた突起を異常に熱を帯びた舌が舐めてくる。

 胸を、吸った。赤ん坊が母親にねだるように、きつく、痛みを伴うかそうでないかの境で。

「……ッ」

 俺の身が捩れると“下”の大久保を締め付けた。なかの、ヤツが猛った。

「アァ!」

 俺の脚を拡(ひろ)げて再び俺を落とす。確実に俺が感じるところを探り当てて、……声も、理性も、すべてを盗んでいく。

 四六時中視線が躯に絡み付いて離れない。かと思えば、まったく自分をみない。毎日がその繰り返しで。

 机についた大久保は俺がいようがいまいが部下に会い、書類に目を通し、顔面が蒼白するまで考え込む。その間も灰色の瞳は冷たいまま文字やら人やらをみていた。

 日本人にしては薄い色の瞳。それが発する閃光がなにを意味するかは、普段傍にいる俺たちが最もよく分かっている。

 冷えているくせにじりじりと灼けつくようでさえあるそれは、俺をいたぶるときも全く同じだった。

 その視線を感じている。いまも、ずっと。

 氷の視線でなにを考えている? そのさきにあるものは?

 あんたはいったいなにを映して。

「はぁ、んっ」

 大久保の動きが止まった。俺のははちきれんばかりになっている。

 大久保はなかに入ったまま、俺の背中を机の縁に倒して左手で俺の腰を支え、右で、俺の腹につきそうになっていた雄を握って自分へ向けた。

「ゃめッ……」

 逃げようとしたが机と大久保の間に挟まれて、あの目が俺を制止してきた。肌で感じ、体が硬直する。

 みるな…

 銜え込んだ大久保の熱が、俺の膝をがくがく震わせた。

 そんな俺を笑ったヤツの掌が腰を撫でまわした。散々引き裂かれて宙に散っていた感覚が大久保の動きに集まっていかされる。針のような視線が、それすらも支配している。

「…!」

 なのに、見計らったように大久保は余りの熱さに失いかけた俺の、そこの感覚を穿(ほじく)るように自分に向けている“俺”の…先端を、指の腹で撫でた。何度も、繰り返し、余裕の表情で俺を眺めながら。

 み、るな…っ

「ぅうん…」

 それでも達けなくて体を反らせただけだった俺の名前を、相変わらず冷たい声が信じられないほど…優しくうたって、そこを親指と人差し指の腹で擦った。

 視線が、合う。そこで漸く俺は甘く腰を震わせた。同時に大久保が腰を押し付けてきて俺のなかで跳ね、強く注ぎ込んだ。

 注がれて、そのたびに縋りつきそうになる。

 縋りついて、いってしまいたい。

「あっ…あぁ…」

 俺の精液が、大久保の肌蹴た胸に飛び散ってゆく。

 その先には、薄笑いを浮かべた、ただひとりの男。

 みないで。

 他のヤツなんか、みないで。

 唇を薄く吊り上げて、意地悪な()のまま、俺だけを   み     て