おとぎばなし
むかしむかし、シンセングミのタマ王国という国に、ハジメというお姫さまがおりました。このお姫様は、武芸とくに剣道に秀でており、家来たちのなかでも敵う者はおりませんでした。
そこで困ったのがタマ王国の王様です。この王様の名前をイサミ〜と申します。人望厚く、もともと貧乏な貴族の家から養子に来た王様なので、清貧でまことにいい王様なのですが、問題は美貌の王妃様なのでした。
王妃様の名をトシゾーと申しますが、自分で勝手にホウギョクに変えてしまいました。尤も、厳しすぎる規則に悩まされている家来たちにはトヨタマとあだ名されています。
その王妃様というか女王様というか、トシゾーが決めた規則では、「王女の結婚相手は、王女よりも強い男に限る」となっております。なにせトシゾーはこの国の王女として我侭に育っただけでなく、抜きんでた美貌であるので、トシゾーにベタ惚れの王様はトシゾー王妃の決めたことには反対できないのでした。
だけでなく、王女の結婚相手を見極めるために開いた剣道の試合は、ことごとくハジメ姫の勝利に終ってしまったのでした。
「困った困った…」
なにせタマ王国は借金塗れの貧乏な国なのです。だからこれ以上お金を出してまで姫婿選びの試合をし続けるわけには参りません。
王様が深い溜め息をついたその隣で、趣味の俳句をしている王妃はどーでもいいという口調で、
「いねぇんだからしょうがねぇだろう。姫より弱い男に渡すわけにはいかんさ」
と、言い放ちました。
「しかしなぁ」
ひとのいい王様は続けます。
「オキタ王子は病弱だし、ハラダ王子は村の女に手をつけて城を出て行ったし、一番出来のいいヤマナミ王子は誰かさんと合わないじゃないか。もはやハジメ姫の婿にしかこの国を任すことは出来ないわけだ。姫は頭もいいし、女王になることも考えなければ」
王様の言うとおり、ハジメ姫はヤマナミ王子の次に出来がいいようでした。しかもヤマナミ王子の魅力でかつ欠点であるインテリを全面に押し出すところは、無口なハジメ姫にはありませんでした。
「俺は知らねぇ。婿なんて姫が決めることだし、嫁に取られることだって在り得るじゃねぇか。第一、トードー王子を忘れンじゃねぇよ」
「おいおい。プリンス・トードーはうちの王子たちに問題があるからよその国から無理を言ってもらってきた養子だろ。それに、姫を国外に出すなんて今更俺には出来んよ」
「はっ。シドーフカクゴ」
王妃様は王様の顔に紙と筆を投げつけ、玉座を立ってしまいました。王様は溜め息をついて自分の顔から床へ落ちた紙と筆を拾って片付け、ハジメ姫の部屋に行きました。
「姫、入るよ」
王様が部屋へ入ると、ハジメ姫は懐紙を唇に挟んで日本刀の手入れをしていました。誰に似たのか、蕎麦が大好物で、蕎麦をみると普段何にも興味を向けないような金色の目が輝いて、かぶりついてしまうのです。
ですが貧乏なこの国には蕎麦などないので、姫はつまらなそうに入ってきた王様をみただけでした。
「姫」
「…?」
王様は、姫の頭から生えた狼耳を撫でながらに言いました。
「結婚に興味はないか?」
「……」
「好きな男とかいないか?」
ハジメ姫はふるふると首を横に振るだけです。
「では、姫の好きなことはなんだ?」
「………人斬り」
「…そうか……」
まったく王妃が王妃らしく振舞わないから可愛い姫がこんなことになってしまうのだ。
憤慨しながら王様は姫の刀の手入れを手伝って、その日は暮れていきました。
そうこうしているうちに、南の地方で戦争が起きました。遠くのことなのでイサミ〜王様は自国には無関係だろうと大して戦力を増強したり食糧を調達したりはしないでいたのが災いしました。気が付くと、隣の国までが襲撃されてしまったのです。
「よし、出陣!!」
しかしそこはシンセングミのタマ王国です。剣にかけては天下一を自称していますし、実はタマ王国での剣は実戦向きで、多少無理があっても勇敢に戦えるので、王様たちは家来を連れて国の国境線の防衛を行うことにしました。
王様も王妃様も腕は一流ですし、王子様たちもずんずん敵軍を切っていきます。オキタ王子は血痰を吐きながら頑張ります。
「悪・即・斬!」
ずばぁっ
もちろんハジメ姫も家来よりも早く動いて血の飛沫を浴びています。姫は人斬りが趣味なので、城内にいるときと戦場にいるときとでは、ひととなり…じゃなかった、狼となり、が全く違います。尤も、無口で無表情の姫がゴスロリの服を着て城内を歩き回り、家来とともに密偵ごっこなどしている姿はたいへん可愛らしいのですが。
姫の剣が走るたびに姫が着ている浅葱色のだんだら模様ゴスロリ服がひらりと舞って、密かに姫に思いを寄せる家来たちがほぅと息をつき、その度に油断して敵軍に斬られていきます。もしやハジメ姫は魔性の狼かもしれません。やはり姫のお相手は強い男でなければならないようです。
「ふぅ、さて次は…と、そこかっ」
ずばばっ
…このように全く見事なハジメ姫の勇姿ぶりが、敵軍の陣地まで伝わっていきました。戦線はほとんど敵軍勝利なので、陣地ではすでに酒盛りがはじまっています。
「申し上げもす」
ざわつく陣地に入ってきたチェストのひとりが、そこに鎮座する王様・イチゾーにハジメ姫のことを伝えました。
「現在、アイヅワカマツで戦陣を切っているハジメという姫が、ほとんど一人でわが軍を倒しつつありもす」
「ほぅ」
ひとり身でしかも姫か。やるな……
「して、その姫はどげン姫か」
王様が尋ねますと、家来は王様にハジメ姫の写真をもってきました。
「これに」
「ふむ………」
王様はハジメ姫の写真をじろりとみました。途端に王様の、すべての感情を殺したような顔が変わります。
狼耳、白い肌、金色のきつい眼差しにどうしようもない柳腰。
―――――ちぇすと♪
「は?」
「…いや。では会議を始める」
こうしてシンセイフ国の作戦会議は始まったのでした。
その頃。
「腹ァ減った」
とトシゾー王妃は王様が食べていた天むすを奪い取って、口に放り込みました。
「それは俺のえび天……」
「負けるお前が悪ィ」
「………」
「これも寄越せ。ったく、国が飢えてるっつーのに厨房にこんなもん作らせやがって、ほんとーに国の主としての自覚あンのか、てめぇ」
王妃様は王様が懐に隠し持っていた鱧(ハモ)の天むすを口に頬張りました。そして、さきほど王様の馬にくくりつけてあった最高級の玉露で天むすを胃に流し込みました。
「ぷはっ。は〜生き返った……じゃねぇ、あのな、ハジメ姫はどこ行きやがったんだよ!」
王様は食べ損ねた天むすがよほど惜しかったのか、ごほごほ、と咳き込みながら椎茸の天むすを食べているオキタ王子を恨めしげにみて、王妃様に応えました。
「そう遠くないはずだが。姫は出掛けに食糧はもっていなかったし、わわわ、なん…っ」
言うなり王様は王妃様に襟首を捕まれてしまいました。目の前に、王妃様の、美しいが故に恐ろしい顔があります。
「てめぇ……自分はこんなに天むす隠しもっていて、姫には食い物持たせねぇとはいい度胸だな。帰ったら切腹を申し付ける!」
「お、俺は、姫なら無事戻るだろうと見込んでだな、ゲホゲホッ」
「戻らなかったらどうするつもりだった!第一、姫はてめぇとの間にデキた狼なんかじゃねぇよっ!!」
「な、な、なにぃぃ!!!」
「てめーだってキョウトの花街でさんざ遊んだろうがっ!腹いせに抱かれてやったのよ。阿呆なてめぇと違ってエラくいい男だったからな、ハジメ姫がなんでも抜きんでてるなぁ当然だ。それを承知で姫より強い男と結婚させるなんてぇ規則をつくった。姫より強ぇ男なんざいるわけねぇだろ。それを知らずに試合なんざ仕組みやがって、やっぱてめぇは相当な阿呆だな!死んだ親父の言うことなんざ聞くんじゃなかったぜ。ロクな餓鬼がいやしねぇ」
王様はわなわなと震えて青褪めるばかりです。確かに王妃様は若いときからモテモテでお金持ちだし、つまり相手には困らない身分なわけで、死んだ前国王の遺言さえなければ、貧乏貴族のイサミ〜が王妃様の婿に入れるはずがないのでした。
「………」
確かに、思い返せば王妃様のハジメ姫に対する教育は、ほかの王子に比べると自由奔放で伸び伸びと好きなことをさせておりました。王女には不要の剣道までさせておりました。王女にあってはならない人斬りの趣味までを認めておりました。
「………、、」
キョウトの花街で遊んだのは確かです。しかしそれは、王妃様が俳句と規則ばかり作って自分の相手をしてくれないからです。王様はさみしかったのでした。だからついつい、華やかな女たちに袖を引かれて誘われてしまったのです。ですが王様の脳裏には常に、色が白くて二重瞼で役者のような顔が浮かんでいて、せっかく遊んでも不満が募るばかりだったのでした。だから
「トシよ」
「ああん?」
「……俺はお前が好きだ」
「…は?!」
「あいしてるーっ!!!」
突然繰り広げられたドラマに驚いたオキタ王子がぶしゅっと血を吐いて、そのまま突っ伏してしまいましたが王子が出したのは鼻血だったので安心してください。
その頃、シンセイフ国の作戦は着々と進み、ハジメ姫を森の中で孤立させることに成功しました。
「腹へった……」
ハジメ姫に持ち合わせの食べ物はありません。さきほど川で汲んだ水もからっぽです。姫は肩で息をして、大きな樹の幹に背中を預けてぐったりと休んでいると、いつのまにかくーくー寝息をたててしっぽで頭を包んで寝入ってしまいました。
「……?」
どれくらい眠ったことでしょう。ハジメ姫は、なにやらいい香りで目を覚ましました。
香りは姫の目の前から漂ってきます。
「蕎麦だっ」
そう、姫のまえには大好物の掛け蕎麦が盆に乗っておいてあったのでした。
「ラッキー、差し入れ?」
ハジメ姫はぱちんと割り箸を割って、いただきますを言って蕎麦を食べ始めました。
ずるずる
とても美味しい蕎麦なので、姫は汁まで全部飲み干しました。
「ん〜…ちょっと薄味だけど、ちゃんとだし取ってあったし、美味かったから、いっか。で、これはなんだ?」
蕎麦の盆のとなりにもうひとつ盆がありまして、そこには升と瓶がおいてあります。
「なんだろう?茶にしては色が薄いし」
とりあえず姫は液体を升に入れてぐっと飲んでみました。
「う…」
それは日本酒なのでした。
日本酒のむ〜んとした香りが狼の鼻をついて、ハジメ姫はくんくんと鼻をひくつかせます。なかなかいい味だったので、姫はどんどん飲んでしまいました。
「ひくっ」
うい〜
姫は生まれて初めてのアルコールにすっかり酔わされてしまいました。いつもはしゃんとしている狼耳もしっぽもたらんと垂れて、襲いたくなることこのうえなしです。敵国の王様・イチゾーが待っていたのはそれなのでした。
「ん〜〜〜〜寝る〜〜」
ハジメ姫はあまりの気持ちのよさに、緑の苔の上に仰向けに倒れました。
すうすうすう
ハジメ姫はイチゾー王の仕掛けた罠にすっかり嵌ってしまいました。
「………?」
次に姫が目を覚ますと、見たこともない豪華なプリンセスベッドに寝かされていました。
「??!」
どこだここは。
姫は取り合えず体を起こしました。そして同時に気が付きました。
「!」
なんと、お気に入りのだんだらゴスロリではなく、ゴスロリ黒Tとスミレ色のフリルスカートが着せられているではありませんか。
「なにこれ…」
と、胸のところが大きく抉れて序でにそこに黒リボンがクロスしていて、エロティックに膚をみせるデザインの黒Tのすそを摘んで姫が首を傾げていると、すぐ隣で「おはよう」と声がしました。
「!!っ」
ハジメ姫の隣には、ニヤけた髭面の男が髭だけで笑っていました。姫はその顔に見覚えがあります。トシゾー王妃様の部屋にある「殺したい男リスト」の最上階に乗っている顔なのでした。
「貴様はイチゾー!」
「ほう、俺の名を知っているとは、やはり運命なのかな」
「なに阿呆なこと言ってんだ、離せっ」
べつに、ハジメ姫はイチゾーに腕を掴まれているわけではありません。イチゾーの手首に填められている手錠が、ハジメ姫の手首にも連続して繋がっているからなのでした。
ベッドの上でばたばた暴れる姫を軽く抑えて、イチゾーはハジメ姫を容易く押し倒したのでした。いままでハジメ姫がみたこともない髭面のイイ男がぬぅと顔ごと近づいてきます。ハジメ姫はう〜っと唸りながら、なんとか耐えます。
真赤になっているハジメが見開いている金色の瞳をじっとみつめて、イチゾーは薄い唇を開きました。
「離せと言っても、昨夜俺を離さなかったのはお前だろう?」
「…?」
「ほら」
と言ってイチゾーは自分の寝巻きを開いてハジメ姫に裸の胸をみせました。そこには狼の爪がつけたとしか思えない爪あとががりがりに残っていました。
「流石はシンセングミの狼だと感心したが、あんまりお前が気持ちよさげに眠ろうとするものだから、本番はあとまわしにしたのだ。俺が眠っている間も、ずいぶん爪をたてたようだな。そんなに俺の腕枕はよかったか」
ほら、とイチゾーは、今度は首をまげてうなじにつけられた爪あとを自慢気にみせてきました。
「う、うるさいっ」
「その気の強さが気に入った。俺のヨメになれ」
「…だっ、誰がっ!」
「お前の国にとって俺は悪で、お前の信念は悪・即・斬だ。だから俺をお前の腰でぼろぼろになるまで斬ってくれ」
だってこれは「お伽ばなし」だろう?
「そういう意味じゃない!やめろっ、ぎゃー」
こうして押しが最強のイチゾー王は、ハジメ姫をナイスげっとしたのでした。
用意周到なイチゾーは、姫と契った翌日タマ王国に金銀財宝と食物の苗などを散々に贈って、姫を介しての休戦布告と協定を結び、ハジメ王妃とともに平和に暮らしましたとさ。
でめたしでめたし☆