KASUGA KYOUSOU




 野原のなかをひとり歩くと、波のような雑草のざわめきが体の前後左右から俺を覆い込んできた。

 あいつが逝ったというのに、世界はいまもあのときと同じ呼吸を繰り返している。

 駆け巡る季節と、変化する時代。大久保亡き今、平衡のとれた指揮が出来る人間は極僅かしかおらず、寧ろそうでない輩が我こそはと大久保の後釜たらんと率先して政界を牛耳ろうとしているが、奴の頃と比べて絶対的安定性を圧倒的に欠いていた。ある意味、狂っていた。

 否、安定を欠き狂ったのは寧ろ俺のほうなのかも知れぬ。毎朝みる、己の青褪めた肌と窪んだ眼窩が限りなく己を黄泉路へと導いている気さえしてくるのだ。

 なんという無情、

 なんという惰性、

 ひと一人が息絶えただけなのに、未来がみえなくなるとは。

「俺ももう仕舞いか…」

 らしくない台詞が頭脳を空回りする。震えた左手に触れた日本刀がかちゃりと鳴った。俺の手に残ったものは―――――お前だけだ。

 なのに途端に蘇るのは、血溜りのなかの亡骸で。

 あれは夢でも幻でもなく、目の前に広がった確かなる、そして取り返しのつかない現実だったのだ。

「……」

 彼を喪って俺は初めて気がついたのかも知れない。人が死ぬということと、誰よりも大久保が苦しんでいた孤独で生きるという絶望の深みそのものを―――――

 どんなに溜息をついても時間が経っても答えは出ないままだ。繰り返される無限の自問自答に、自身が埋もれていくのを醒めた己が黙って観察する他、選択肢は残されていなかった。

 このさき、

 俺はどうすればよいのか




 愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません




 最近は街中の馬車の音にも振り返らなくなった。流石に時が経過すると、奴の死というものを実感せざるを得ないというのを、心よりも体が覚えたようだった。

 付いていっていないのは、俺の精神だった。

 ここから見上げる空はあの頃と何一つ変わっていないというのに、

 俺はこんなにも変わった

 俺はこんなにも弱くなった

 最初から弱かっただけかもしれない

 それに漸く気づいたのかもしれない

 何故なら、誰にも囚われずに生きてきたのに、毎夜大久保が夢に出てくることを切望しているからだ。

 なのにこのごろ出てこなくなった。

 俺の祈りは、全く届かないのだ。彼はもう、逝ってしまったのであろう、最愛のひとの元へ―――――

 それは俺自身の精神を反映しているように思う。人生の岐路らしいものに初めて遭遇し、こんなにも長い間明確な意志を見つけることができずにいるなんざ、「らしくねェ…」と以前の俺が哂っている。

 しかし思うのだ。もう、あの頃の俺とは違うのだと。

 無知とは、己の無力さにすら気付かないという点で、恵まれているのだ。

 だが俺は知ってしまった。

 例えようの無い絶望と、それに打ちひしがれても尚足掻き続け心が干からびた男に対し、“俺”は彼を引き上げられない程無力であったことを。

 だから大久保を枕に夢見ることすら、出来なくなってしまっている。

 こんな男など、彼に見捨てられて当然なのだ。



 今年の春について、詳細な記憶は定かではない。命日である皐月十四日を俺の視界から遠ざけるために、兎に角俺は仕事の虫だった。周りから諭すよう示唆されていたものの、川路も居ないことだし(渡欧中であった)俺は俺の好きなようにしていた。渡欧前の川路に「お前に任せる」と言われていたから―――――

『俺に?』

『お前以外に誰がいる』

『ほぉ。随分な変わり様だな。さんざ人のことを煙っていた癖に、今になって、』

『あンひとの時代を知っているのは、今となってはお前と俺(おぃ)だけだ』

 そう言い捨てた川路は、体調を崩し一時持ち直したものの、療養のために視察を切り上げ先月マルセイユを発った。

 危篤だと言う。

「あの阿呆…」

 一部の間で川路は毒を盛られたという憶測が流れている。

 長州出身の政商・藤田伝三郎の贋札容疑事件など放っておけと俺は言ったのだが、川路は聞かなかった。

『自ら定めた法を自ら破る国家があって良いはずがない』

『てめぇの理想論が通じる世の中じゃねぇよ』

『お前には別の仕事がある。それに専念すれば、それで良い』

 …何が良いものか。そのまま部屋を出て行こうとする川路の背中めがけて、俺は声を張り上げ気味にして言ってやった。

『長州は既にお前の手には負えんだろう…伊藤らが蔓延(はびこ)るのは当然の成り行きだ。だから放っておけ。薩摩の時代はもう終わったんだ!』

 あいつが死んだ瞬間からな。

『………』

 俺の台詞に、川路はしばし無言であったが、ふぅと息をつくと静かな口調で切り替えした。

『そう…かもしれん。しかし、あンひとの時代しか俺(おぃ)は知らん』

『……だから、どうした』

 何とか答えると、川路は、どこか憐れみの籠もった瞳で―――――薩摩人特有の、厳かさの中に溢れる熱の籠もった眼差しで―――――言い返してきたのだ。その視線が、辛かった。川路が次に吐いた言葉とともに、辛かったのだ。

『結局俺はお前と同じということだ』

「………」

 あの一言が、今も鼓膜にこびりついて離れない。

 その川路が今まさに息絶えようとしている。あいつと同じく、俺を放り投げようと。

 俺は川路に従順なわけではなかった。否、従順であれる筈が無かった。俺の妻も、家族も、良く家を訪れる人間も殆どが会津人で、俺が薩摩人である川路の部下であることを心静かに受け止めているのは、時尾ぐらいなのだ。彼女も、好き好んでそうしている訳ではなかろう。

 幕末に於ける薩摩の失敗は、会津藩と提携して長州を苛めつけ、毛利の勢力を京都から駆逐した事に始まった。それが故に、時系的には戊辰が過去となった今でも、会津人も長州人も薩人を恨んでいる。西南が終わったところで、恨みが自然消滅することは無いのだ。余程の時間が立たぬ限り。…だから今は、殆ど唯一と言って良いほど、生き残った明治政府直系の薩摩人である川路に、その矛先が向かっているのだ。

 だから気をつけろ、と言ったのに、ヤツは聞かなかった。…ヤツも、狂っていたのかも知れなかった。ヤツの目にした、そして今も夢見ている警察というものを、高熱のなかで追い続けて。

 こうやって薩人がひとりひとり死んでいくのを、自分が見ていかなければならないとは、予想だにしなかった。川路が死んだら、残っている薩人は、薩摩にしては他藩の人間と上手くやりあっていけるような、ともすれば穏やかな性格の持ち主だけであり、胸の中に抱えた革命の炎に毎瞬薪をくべ、どんなに酷い嵐のなかでも密かにそれを抱えつつ暗闇の中を一人黙々と歩くと、自然とその炎に部下が従っていくような人間は、残っていなかった。

 俺たちは同じだと言った川路。ヤツが息を引き取ったら、俺も死に呼ばれるのだろうか………

 俺は空を見上げた。雲ひとつ無い青空。薩南で見ようものなら、東京よりも遥かに気高く澄み切っているであろう、空。お前が天高く、飛翔したであろう、空。

 ああ、大久保、
 
 これでお前の国は終わりだ



 愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません



 明治維新の中心は、天皇親政であった。しかしその、至る所は国民の幸福と安寧だった。だったはずだ。その為に自らの汗と血を流しても表向き平然としていた人物を、彼以外およそ俺は知らない。

 あれは明治十年十二月のことだった。金原明善という男が遠州からやってきた。彼は明治元年から「暴れ天竜」として知られていた洪水の恐ろしい天竜川の堤防改修工事の必要性を訴え続け、以来、政府の許可を得て工事に携わっていたのである。

 このとき彼は、毎年、水害に今も民が苦しんでいるから、天竜川の治水工事のための費用を、政府が工面して欲しい、と言ったのである。

 だけでなく金原は、自分はこの事業に全財産を出す、と加えたのである。

 大久保はこれを聞いて、通例の如く冷笑を返した。金原のようなことを言ってくる人間は、多数いたからである。大久保は、タン…と資料を執務室の机に置いて、こう言った。

『あんたはこの治水工事に就いて、全財産を提供すると言ったが、それでは、治水工事は出来ても、あんたは乞食になる外はあるまいよ、はっはっはは…』

 そんな大久保に向かって、金原はきっと両目を上げたまま、こう答えたのだ。

『是は意外なお言葉を承って、驚き入りました。明善は、自分の一身に就いて、お願いに上がって居るのではありません。是までにしなければ、政府の方でも、御承知下さるまい、と考えて私の全財産を提供する、と申したのであります。これが為に、私が乞食になろうと、又は泥棒になろうと、そんな事は問題ではありません』

『………』

 金原の真剣さを察した大久保は、この一言で表情から冷笑を消し、答えたのである。

『よく詮議して置く…その内に、沙汰をする事になろう』

 こう言って大久保は金原を内務省から帰したが、翌日、静岡県令の大迫貞清に対して、治水工事の補助金は政府が出資するから、金原にこの旨を伝えるように、と命じたのだった。その代わり、金原の財産の一部を、治水費として政府に提供させる事とした。

 こうした遣り方は、普通の政治家にとても出来るものではない。金原の陳情を聞いて、その正に翌日に決定を与えたのだ。これが本当に生きた政治というのであろう。同様のことが、例えば伊藤に対して起こっても、認可されるのに数ヶ月はかかるだろうから。

 やがて天竜川の治水工事は進み、「暴れ天竜」は徐々にではあったが鎮まって行った。金原は、自分の財産を殺し、民を生かしたのだ。

 また、三島通庸が初代山県県令の時に、米沢と福島の間の新道開削「万世大路(ばんせいたいろ)」の工事が行われたが、そこには栗子峠という難工事があり、この峠のために莫大な費用が投じられることが分かったため、県下、人民は酷く反対して、騒動となった。東京にも県民の代表者が乗り出してきて、盛んに反対の陳情をしたが、大久保は一切を冷笑と鉄仮面で乗り切った。このために代表者から、大久保が如何に冷酷な政治家であり、民のことなど無視する人物である、ということが、そこへ広まってしまったと言っても過言ではなかろう。しかしこのときも、大久保は常に平然としており、その平然ぶりに腹を決めた県令の三島も、人民が騒いでも、あっさりと工事を行ったのである。尤も、三島は米沢で民の間から悪人呼ばわりされ続けたため(実際、「土木の鬼」とも、「人の嘆きを横目に三島、それで通庸(通用)なるものか」とも嘲られていた)、心中は辛かったであろう。が、あの工事が始まらなければ、米沢の開発と発展はなかった。恐らく大久保とそこまでもを見通して、栗子峠を含めた地域一帯の工事に着手したのだ。この件で、地元の人間から如何に自分達が貶され様が、地元が将来豊かになるのなら、それで構わなかったのだ。

 民とは何か、国とは何かについて、真剣に考える政府人が、この国にはあとどれだけ生きているだろう。川路が死ぬことによって、また一人減る。まだ政府に仕える気分で居ることの出来る人間はいることにはいるのだが、川路の死を喜んでいる連中…特に長州…の顔色を伺いながらの攻防になるであろうから、もう、対向者と真正面から政治と言う名の碁石を打てるヤツは出てこないことになる。

 この国は、時間の経過と共に、軟弱な国へ戻っていくだろう。いや、いまだかつてこの国が、強大であったことはなかったし、大久保も、強大な国家を建設しようとしていたわけではない。ただ、諸外国の勢いと植民に飲み込まれず、独立を保ち続ける国家と民を作りたかっただけだ。だが問題の“民”なる存在が、大久保の信念を見抜けないままだった。麹町三年町の官舎は洋行から帰朝して内務卿になった折に、新たに建てたものだが、全くの西洋風であった。これが一部の人々から激しく批難され、島田一郎の斬奸状にもこのことが書かれてあった。しかし実際は大した建築物ではなく、文化住宅ぐらいと、建築家からは評されている。つまり、“人”そのもののもつ文化なり思考なりの基礎が、なっていないのだった。

 大久保と会った頃の俺も、全く分かっていなかった。洋装など最初から似合うはずもない日本人のなか、唯一と言って良いほど違和感が無かった彼の姿を見て、嫌味な野郎だ、と思っていたのだから。

 だからかも知れない。俺があいつに捨てられたのは。



 愛するものは、死んだのですから、
 
 たしかにそれは、死んだのですから、



 彼が逝ってから、死にたいと思わなくても、体が自然とやつれていった。精神も相当擦り切れたのだと思う。だが戊辰の前から、俺は余りにも人を殺しすぎた。その報いが、今になって現れているのではないかとさえ思う。結果、見ろ、お前は、守るべきであった男さえ守れなかったではないか……この問いが、俺の中を、羽虫の大群が溢れて回るように、巡っていた。

 大久保のやりたかったこと。もう誰も、誰をも殺さず苦しめずに生きられる世界を、日本人が自らの手で創ること。その為に己が実に多くの盟友の命を奪うことになっても、自分と同じ責を、二度と誰にも負わせないこと、だった。

 だから俺は死ねなかった。心は既に死んでいたのかもしれない。
 
 が、川路の死が、再び俺を目覚めさせたような気がした、『あンひとの時代しか俺(おぃ)は知らん…』。

 …そうだ、知りたくも無い、他の世界など知らないまま、黄泉とやらに入ってしまいたい。そこが極楽でも地獄でも構わない。決して他の人間の足で踏みにじられるようなことがあってはならなかったのに。

 彼の世界は、俺の聖域だったのだ。だから俺は、あそこしか、息する場所を選べない。ここでは、無い。

 だが彼は最後の折に、俺を呼びさえしなかった。

「………」

 ぼんやりと脇息に寄りかかって行灯に群がる蛾の羽の色を見ていると、階下から煩い足音が聞こえてきた。山県である。

 スルリ、と開いた片引き襖に向かって言葉を掛ける気も無かったが、ヤツの余りにも溌剌とした顔色に吐き気を催して、胃液の、その苦々しさに、つい口を開いてしまった。

「そんなに嬉しいか」

 川路が死んで、と俺は加えた。このときの俺の顔は酷く歪んでいたに違いないが、対照的に山県がこちらを見ながらニヤリと、いつぞやの大久保にどこか似た表情で笑おうとしたため、再び俺は行灯のある西の方角へ目を逸らした。山県の面で鉄仮面を気取られると、無性に腹が立つ。似ているようで、まるで似ていないから。

 許しも無く山県は、部屋の隅に重ねてあった座布団を一枚取り、畳に置いてどっかり座った。同時に、取り出される葉巻の苦くも甘い香りが、ぷんと空を漂って室内を汚した。

 男の吐いた煙に体中を一気に犯された気がして、俺は奥歯を噛み締める。肺腑が痛んでいた。煙草の香りなどとうの昔に慣れきっているものなのに、やたら痛んだ。誰かが死んだことを喜ぶ人間を目の前にして、今後、日本の民という人種は、こういった人間に支配されて行ってしまうのか、と思って痛んだ胸なのかも知れなかった。大久保の労苦を、こういう連中が、一つ一つ汚していくのだ。

 日本に、まだ力らしい力は無い。それは政府だけでなく、一般の民が、理想とは掛け離れているからだ。俺は川路から良く聞いていた、欧州の人間は、自分が世界を創ることを知っている、だが、この国の人間は、それを自覚したことも無いまま生きている―――――

 思い出の言葉に、俺はいつのまにか下唇を噛んでいた…それは俺自身にも当てはまる節があるからだ。おそらく川路は、それ故俺に言ったのだろう。生きている頃は大して気にも留めていなかったが、ヤツが死んでから漸く、その意味が分かった。

 鉄の味がした。これには、俺の心から吹き出た血も混じっていることだろう。俺にしろ、他の人間にしろ、誰かが死んでからでなければ、彼らの重要性に気づけないなど、いい加減終わりにしなければならないはずなのに。

 これからもこいつは、喪失と騒乱の歴史を切り刻んでいくのか―――――
 
 染み出でる苦汁とともに、俺は吐き捨てていた。

「…国取りが、そんなに愉しいか?」

「ああ」

 山県は冷たく答えた。その即答振りに、俺は黙るしかなかった。俺の醒めた呼吸を他所に、山県はゆうるりと葉巻の煙を口の中で味わい、さも満足気に息を吐く。かつての記憶をなぞるかのように。
 
 おそらく、大久保と過ごしていた時間が、彼をそう作ったのだろう。確かに山県は俺とは違う意味で、大久保の相手を勤めていたのだから、肌を重ねるうちに次第に似通っていったのかも知れない。

 だがまるで違うのだ。大久保は、自分の部下が死んでも冷笑を続ける人間ではなかった。あいつが冷笑したのは、政敵が自滅した時であり、相手が他に代用が効く人物であった時のみだ。川路の代わりを、誰が務められるというのだ。渡欧してまで警察機構を学ぶ輩が、他に誰かいるのか。それを失ったことの意味を、こいつは心底理解しているのか…

 本当は、山県という狂馬の手綱をしっかり引き締めることの出来る唯一の人間が、大久保であったのだ。山県は、ともすれば化け物になってしまう。欲望と言う名の、化け物に。こいつの人望は、明治の前から文句無しに薄いのだ。今に、今上帝にもそっぽを向かれてしまうであろう。第一、金銭に汚い人間が、好かれる筈も無い。

 木戸は死んだ。伊藤では駄目だ。大隈も不足、井上?冗談じゃない。残った薩摩人にも、こいつの欲望を抑えられるヤツはいない。

 こいつも、捨てられたのだろう。
 
 哀れなヤツだ。
 
 そう思った途端、彼の声が蘇った。鼓動の中で、それは唐突に響いてきた。

 “あとは、お前がやれ―――――”
 
 “俺が与えた、お前だけの力で―――――”



(あ………)



「誓う」

「ん?」

 目の前には、いつの間にか近づいてきていた、彼とは違う山県の、悪しき唇。俺の、力なく垂れた肩を、そいつが抱き締めようとしているのを、俺は別の生き物を観察でもするかのようにしながら、繰り返した。

「俺は、誓う」

「だから何をだ」

「貴様のような人間には、死んでもならん」

 そう呟くと、目の前の、既に俺の肌を剥いてそこを這っていた山県の掌が、止まった。山県の濃い睫毛が振るえて、顔が青褪める。声も、指も。

 闇色の瞳が揺れている。褪せる事の無い薄い灰色の、こちらの自尊心も何もかもを揺らがす瞳ではなく、ヤツの目そのものが怯えている。そして分かった。

 そうだ、俺の愛した男は、こんな台詞で慄くような人間では無かった。

 お前は、“彼”には成り得ない!
 
 目の前の男は、怒りと失望に唇を震わせているようだった。そんな光景さえ、今の俺には唯の空間だ。

「……なん、だと…」

 俺は、記憶に蘇ってきた“彼”の表情(かお)を視線でなぞりながら、山県の心を突き放した。

 “彼”の代わりに。

「“明治”を食い物にして破壊して回るような輩なんぞに、俺はならんと決めたのだ」

 言い捨てながら、俺は視線を尖らせた。そして、震えながらも、居場所を失い、俺の胸に顰めた顔を伏せてきた山県の頭に手を掛け、ゆっくりと目を閉じた。そこから何が始まろうが、上辺だけの行為の行く末など、もうどうでも良かった。

 大久保の歩んだ道は、決して楽ではなかった。彼独特の、常に相手と一定の距離を置くような応対に付いていけなかった薩摩人からは嫌われ、長州人からは憎まれ、会津人からは罵られた。それでも辞めなかった。西郷が死んでも、立ち続けていた。ひとり孤独の、絶望のなかで。

 俺も、立ち上がれということか?
 
 蹲ってなどいる場合ではない、と呆れているのか?
 
 …それとも、いつものお前の如く、こんな俺を冷笑しているのか?
 
 心の中でそう問いかけると、大久保が嗤った。あの、声で。
 
 つられて、俺も笑った。零れた涙と“彼”の記憶だけが俺に熱を与えていた。生きよと―――――

 忘れていた感覚が、凍っていた俺の肺を、心を、満たしていく。そうできるのは、ひとりだけだ。例え彼が、天へその身を投げようとも。

「………大久保…」

 そう呟いて、俺はもう一度、誓った。既に俺を組み敷いて、欲望の化身となってしまった山県に対してでは、無かった。



 生きようと思う。時代の、彼の証人として。
 
 今までに数え切れない程の命を消してきた。仇を討津つ為、俺の命が今になって狙われているのも、確かなことだ。しかし、これからは誰も殺すことをせず、生きて、仕事を続けようと思う。密偵業が実際、あと何年続けられるのかは、分からないが。

 だが―――――

 民が国の何たるかを知らなかろうが、私情で政を行う人物に近寄られようが、そういう人間が増え、そのなかで自分が孤立しようが孤独となろうが、俺がこうして捨てられようが、そんな状況を言い訳に、大久保の亡骸を思い浮かべてこのまま、止まることだけはいけない。

 だから、せめて俺は

 彼が手がけ、愛したこの国から貪るのではなく、

 自ら与えるだけの存在になり果てて

 貴方の夢を護るのだ





 愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません

 愛するものが死んだ時には、それより他に、方法がない。



 けれどもそれでも、業(ごふ)が深くて、

 なほもながらふことともなつたら、



 奉仕の気持ちになることなんです。

 奉仕の気持ちになることなんです。



 愛するものは、死んだのですから、
 
 たしかにそれは、死んだのですから、
 
 
 
 もはやどうにも、ならぬのですから、
 
 そのもののために、そのもののために、
 
 
 
 奉仕の気持ちに、ならなけあならない。
 
 奉仕の気持ちに、ならなけあならない。
 



(中原中也「春日狂想」より抜粋)


2006.5.14