Thrill me with your Heaven






 高校に入ってから俺は、急に身長が伸びて

 中学からの続きで剣道部に入って

 日曜は教習所行って

 夏休みとかは沖田たちとバイトしたり合宿行ったりしてたから

「げ……」

 二年になろうという春休みを迎える前に渡された成績表は

 やばいとしか言いようがなかった。




「部活頑張ってるのはお母さんよく分かってるんだけど、勉強のほうもそろそろ、魂入れて欲しいの」

「そうだな、広明も二年から頑張ったんだぞ」

「……うん」

「さっき、広明を見ていただいた先生にお電話したら、快く引き受けて下さったのよ」

「……うん」

「一も覚えてるでしょ?大久保先生、ほら、背が高くて素敵な…」

「っ、おいおい母さん、」

「確か甘いもののお好きな先生だったのよね、私頑張っちゃおうかしら♪…じゃなくて、とにかく、毎週火曜と金曜日にお願いしたから、きちんと教えていただきなさいね」

「……はい」

 ちぇ。

 俺がカテキョー?ガラじゃねぇだろ。

 そりゃ悪いのはこっちだけどさ、毎週二日も顔合わすなんて

「だっりぃ」

 ぜ。

 絶対。

 とか思いながらリビングを抜け出して、階段を上る。窓の外は真っ暗で、丘の上から眺める夜景が俺の心中と正反対でやたらと綺麗だった。

 溜め息を吐きながら自室のベッドに横になって天井を見ていたら、ふと思い出した。

「……」

 兄貴は京都の大学に通ってるけど、部活も続けてたし、友だちをウチに連れて来て俺も巻き込んでプレステ対決とか、してた。

 一年のときは地味目の成績だったのに、カテキョー来てからメキメキ伸びて、俺も通ってる高校からは絶対無理だって言われてた大学にストレートで入った。弟の俺も校長に未だに誉められてるし。ま、俺に比べれば兄貴は真面目なやつだけどさ。

「ふぅん…」

 大久保センセー?

 はっきり言って全然覚えてない。

 兄貴とは4歳違いで(俺は早生まれなんだ!)、大久保とかいうカテキョーが来てた時俺は中坊だった。そのころから部活で毎日遅かったし、玄関で擦れ違ったぐらいしかなかったんじゃないか?

 そんなヤツと“お勉強”するのか俺はぁ!

 …べっつに勉強が嫌いなわけじゃないけどさ、数学とか、結構好きだし。

 でもやっぱ部活と遊びが優先。絶対優先。

 高校は宿題も少ないし、部活がめいっぱいできるから安心してたのに、なんだってこんなことに。

 …俺のせいか。

「あ〜」

 なるようになれ、もう。

 頭をボリボリ掻きながらベッドから起き上がってメールを開いたら、兄貴から来てて。

『いま母さんから電話もらった。

 大久保先生来るんだってな。頑張れよ』

 へいへい。





 大久保というヤツは髭面で

 お袋とか、町内会の回覧版持ってきた隣の

 高荷のうちの娘とかがキャーキャー言うぐらいだから

 見た目は整ってる男だった。

 でも俺の勘は

 こいつはどこか危ないヤツだと言ってるから

 できれば近寄りたくない部類の人間、ってのが第一印象で

 でもカテキョーだから

 しょうがない 隣に座って大人しく勉強してたけど

 実際、特別なことは全然なくて

 俺がもともとやってた通信教育の問題を

 教科書と辞書とノート見ながら

 全教科分少しずつ 満遍なくやっていって

 宿題は問題の最後にある大問を、来週までに一題か二題だけで

 部活も遊びもしていていいから

 断然ラクだった。

 だんだん 高校の授業も分かるようになっていって

 前より、なんか高校が楽しくなってきて

 そのうち成績も上がってきて

 原田とかに解き方教えてる自分がいたりして

 へー

 カテキョーって、すごいじゃんとか思って

 ちょっと大久保のこと、いいヤツかもって思い始めてた。

 ていうか、生徒に呼び捨てさせる事態、変なやつなんだけど

 カテキョーは本業じゃないと言うから

「…じゃ、普段何してんの、あんた」

 と訊いたら

 ネットの広告収入で、食べていけるんだそうだ。

 なんか妖しーって顔して大久保を見たら

 いきなり俺の前髪を掻き揚げてきて

 髭の下の唇が笑うカタチに歪んだと思ったら

「っ!」

 両方の手首が掴まれて

 すごく冷たくて 恐くなった

 その隙に髭面が…近づいてきて

 それか ら は、もう

 次の週も その次も

 勉強が終わったら、ベッドに倒されて

 俺は声を出さないようにするのが精一杯だったけど

 あいつが あんまりなこと、するから

 …泣き出してしまって

 あいつから 顔を背けて

 シーツに埋(うず)めたら

 あいつは動きを止めて

「…」

 低い声で あいつに近いほうの耳に、囁いた







 三年の、12月になった。

 センターとかで落ち着きがなくなるはずなのに

 俺は窓のそとを眺めることが多くなった。

 ときどき雪が降る。

 あれが桜になる頃

 俺はどこで どうしてるんだろう





『お前が合格したら、家庭教師はやめるよ』



 …分かってる。言うなよ、そんなこと。



『だからつぎは、一緒に暮らそう』



 言って、俺のほっぺに口づけた。




 



 だから俺頑張ったんだって、



 隣でマグカップ選んでる大久保に言ったら



 俺は、お前の部屋準備してたって返ってきて



 あからさまに頬を染めた俺をみて



 笑ったんだ





戻ろうか