Bridging Fold


狂気はヒソむ、闇に溜め息を吐きながら



Bridging Fold



 明治六年、霜月。

 暮れ六つを過ぎて俺が向かったのは、通いなれた司法省の警保寮ではなく

「………」

 門前に掲げられた“内務省”の看板も真新しい建物だった。

 斗南ヶ丘から東京へ戻って即刻奉職することになったわけだが、仕事といっても大したものではなかった。が、ここのところの征韓論騒ぎで府内は慌しくなりかけている。

 俺が潜ったのは、そんな状況の中最も危険な場所だった。建物の外見からは想像出来ないが、忙しなく動き回る官吏らの足音がそれを現しているのだ。

「…お」

 俺が煉瓦造りのアーチを潜ると、廊下で歩き回っていた役人どもが一斉にこちらをみた。来やがった、というような表情。蒼褪める者もいた。

 太政官通達に基づき、東京府は数千人規模で何度か羅卒を徴募した。その殆どが薩摩人と長州人で占められており、会津とともに戦った俺など採用されるはずないと踏んで徴募には応じなかったのだが、大蔵省に務める兄・広明を通じ羅卒総長から出府を命じられた。

『徴募羅卒としてではなく、藤田殿おひとりで応じられよ』

 ――――つまり、今も可動の不平分子に自由は与えないということか。

 言われて、俺はむっとした。むっとして桑原と名乗った羅卒総長を見た。 貴様のような輩を都下に野放図にしておくのは政府にとって迷惑なだけなのだ、と言われたのも同然だった。

『…俺は元・会津藩大目付の娘を妻に貰い受けている。だから、応じることはできぬ』

 仲人に会津藩最後の藩主となった容堂公こと松平容保公、それに下仲人として山川浩・佐川官兵衛両人につとめていただいたのだ。冗談じゃねぇ。

 でなくとも、明治政府なんざ知ったことか。

 かっと両瞼を開いて視線を膝に落とした俺に、総長は事も無げに言い放った。

『承知している。その、旧藩主からの下命とあれば如何(いか)にする』

『―――― !』

 桑原は黒の紋服の袂から取り出した書状を俺に開いて見せた。そこにあるのは紛れもなく、容保公の花押。

 馬鹿な。

『山口君、』

『は』

 全身を硬直させた俺を無視し、総長は俺の傍らに膝を折る兄・広明に声をかけた。

『君は大蔵省に勤めているそうだな』

『はい』

『実は、既に大久保卿が帰参されている。まだ大隈殿に任せておいでだが、いずれ立たれるだろう。…君も様々承知しておくように』

『…は』

 桑原が帰り、客間に残された兄と俺はしばらく二人で呆然としていた。たぶん兄は、俺のような弟をもった自分の将来を悲観して。俺は、

 俺は…

『一』

『…なんですか』

『お前は昔から派手なやつだったからな。俺はもう何も言わん』

『…っ』

『ただ、時尾殿と父上母上を悲しませることだけはするな。それから』

 言って、兄は俺の瞳を覗き込んだ。

『さっき桑原総長が言っていた“大久保卿”には気をつけろ。あのひとは…お前の知ってきたような人間ではないだろうから』

 実直が売りの兄が目をあんなに闇光りさせるのを、俺は初めて見た。

 俺のよりは褐色に近い瞳がぎらついた。

『悪漢ですか』

 ならば斬るだけだ。

『いや、』

 はは、と兄は笑った。困ったような、苦虫を潰したような、そんな表情しかできないとでも言いたげな顔で笑い、立ち上がって雨上がりの庭を眺めた。

『そうだな――――魔、とでも言っておこうか。…魅入られるなよ』

 上半身をひねって振り返った兄は、庭先からの光を浴びながら儚く笑った。細い髪が、亜麻色に輝いた。

 それから俺は司法省警保寮に勤めることになった。まずは雑用として、夜間警備やらをやらされた。

 司法省で俺の身分が明かされることはなかった。元・新撰組であることは本当に幹部にあたる人間しか知らないらしく、人間関係も極めて普通で、実はかなり暇くさかった。

 非番をとった日は上京していた永倉新八らと会って飲み交わしたりしていたし、他のことも可でもなく不可でもなくという感じで、まぁ敗者側の日常なんざこんなもんだろうと思っていた頃。

 前触れも無く内務省から役人が来た。

 手紙の差出人は川路利良。翌年一月十日を以って警察機構は内務省の管轄となる運びとなった、内々に話がある、よって内務省に来られたし。

 ―――――で、来たわけだ。ここに。

 天井からのランプがやけに明るい。照らされる官吏たちの顔も沸き立っているという印象を受けた。

 が、俺を見るなり皆頬を強張らせるのが愚を通り越して可笑しかった。ここも小者の集まりだ、大した奴等じゃねぇ。

 官吏連中とは俺は容貌も雰囲気も全く違う。藤田五郎と改名したとはいえ俺の真実は斎藤一のままだしな。新撰組という触れが来ていなくとも、何か感じるのだろう。

 …ふん。

 冷や汗で忙しいやつらの横を通り過ぎて廊下を渡り、教えられた部屋へ着いた。

 目の前には重厚な造りの樫の扉。気配は、三人。

 そっと息をついて拳で軽く扉を叩くと扉が開いて、「入れ」と声がした。

 ノブを回し、開ける。廊下よりもかなり暗い部屋に俺は入った。

 真正面に据え置かれた大きな机に肘を突く人物が部屋の主なのだろう。他の二人はこいつの護衛というわけか。

 席を勧められて俺は机の前にある椅子に腰掛けた。

「…随分な歓待だな」

 俺の科白に上司にあたる羅卒長が牙を剥いた。

「控えろ!内務卿の御前だぞ」

 俺は羅卒長を無視して、じろ、と内務卿と呼ばれたそいつをみた。

 室内を灯すランプがはっきりとそいつの輪郭を露にし、彫られたような深い容貌を火の下(もと)に晒す。日本人にしては薄い瞳と鳶色の髪が印象的な男は、俺と視線をかち合わせるというよりは舐めるような視線で俺を観察している。肌は青白く、老けているのか違うのか分からなかった。

 こいつが渦中の大久保内務卿…? 同郷の西郷を敗退させ内務省を設立した…だがこうしてみると気味が悪いという印象しか与えない。

 いや、他にもなにか…を感じる。が、次に俺に放たれた言葉によってその気分が萎えた。

 壁際に控える羅卒長が、藤田、と俺を呼んだ。

「刀を預かる」

「…断る」

 誰が。

 人斬りの目でそう応えると、羅卒長が怯えた。長州人だというだけで、こいつは小者に過ぎない。が。

(―――っ…)

 俺の肌は自分に別の視線が真正面から突き刺さってきたのを感じとった。火で炙った針に貫かれたような、それでいて凍った感じがして、不覚にも背筋が強張った。

 視線の主は、机の横に立つ川路ではない。大久保だった。

 若干俯き加減で、睫毛を撥ね上げるようにして俺をみている。髭が緩やかに上昇してほくそえんでいるとも取れて。

 ―――魔、か。

 口腔に苦汁が満ちた。

「…君らは下がり給え」

 大久保が目で川路と羅卒長に“命じた”。瞳が氷のようだと思った。

「しかし、」

 川路が即座に反応した。壁に立てかけてある刀はやつの物だろう。俺とやるつもりだったとは考えにくいが、少なくとも“部下”に会う態度ではなかった。

「行け」

 大久保の低い声が川路を退けた。そっと溜め息をついて、川路と羅卒長が出て行った。

「…俺に、用とは?」

 扉の向こうが静かになったのを確かめてから、俺は大久保に訊いた。やつの目を見れば、たったひとりで人斬りを前にしたところで動じる人間ではないと分かるものだ。

 大久保は俺の目をじっとみて、言った。

「単刀直入に言おう。…密偵を頼まれてくれないか」

 …やはりな。そんなことだろうと思っていた。

  「…薩摩に行けと?」

 俺は少し声を落として続けた。

「――――俺ひとりでは無理だ。薩摩の如何ならあんたの方が詳しいだろう」

 なにせ薩摩は二重鎖国なのだ。他藩人を決して領内に入れないことで有名だし、まして同藩人から最も忌み嫌われている大久保の密偵と知れたら、それだけで大軍を率いて上京して来るかもしれない。

 西郷を追って帰郷した“示現流”がどういうものかは、俺たちが最も良く知っている。あれに立ち向かって生き残るのは、わずかしかいないのだ。そんなところにたかが密偵一人を送ったところで、政府には屍すら戻らないだろう。

 だから、ひとりでは無理と言った。

 大久保の口髭が動いた。

「……それは、協力してくれるということかな、斎藤?」

 頬だけが動いた。笑っているように見えるが、二重瞼の下の瞳は“笑い”とは程遠いところにある。

 俺は大久保を睨んだ。こういうやつは一番性質(たち)が悪いのだ。ひとにこころを教えないから。

 頬を吊り上げて、大久保は俺を見ていた。窪んだ眼窩に埋まる瞳だけで生きているような視線で、俺を貫く。それは死ぬ間際の獣にも似ていた。そこだけが光っていて甚だ不気味だ。なのに、目が離せないのはどういうことだろう。

『魅入られるなよ』

 兄の言葉が蘇った。

 ち……

「あんたの答えを聞いていない」

 とだけ、俺は言った。すると大久保は可笑しそうに、だが冷たく「そうだったな」と答えた。

 大久保は席を立った。

 がたん。

 その音だけが執務室に響く。あとは静寂だけだった。

 見れば、呆れるほど大久保は痩せている。服を着ているから辛うじて細さが隠されているといった感じだったが、黒いスーツの所為で際立って見えた。

 その大久保が机を回り込んで机の縁に浅く腰掛け、椅子に座る俺と三尺ほどの距離で向かい合った。大久保のほうが高い位置にあるから、俺は見下ろされる格好になる。

 脚を組んでやつは背広のポケットから何かを取り出した。掌に収まる大きさの白い箱のようなもの。それからひとつを摘まんで唇に咥え、火を点けた。

 ゆらゆらと立ち昇る紫煙に視線を漂わせながら、大久保が呟いた。俺はその様子をじっと見ていた。

「…これは舶来の煙草だ。国産より濃いだけで大して変わらん」

 吸いながら、俺を見てくる。背後から灯りを浴びている筈なのに、やつの瞳がぎら、と光った。

 大久保はもうひとつ取り出して火を点け、俺に差し出した。俺は眉を顰めたが大人しく従った。

 吸ってみる。大して変わらないどころか、かなりきついと思うのだが。

 慣れない煙にまみれる俺を観察して、大久保が言った。

「なに…暫くの間、君には私の警護やらを頼みたいだけだ。薩摩云々というのは考えなくていい」

「…信用できんな」

 俺が答えると片頬だけを緩めてまた笑った。眼裂が歪んだが、瞳は変わらなかった。

 だから大久保が背広を脱いでシャツ姿になってもそれは、吐き棄てた俺を笑ったはずみでそうしただけだと思ったのだ。

 脱いだ背広を机に置いて、大久保は言った。

「信じてもらえるよう、努力しよう」

 囁くような声で言い、片目を瞑ってみせた。キザなやつだ。

「…話はそれだけか」

 終わったのなら、立ち去るのみだ。

 席を立とうとした俺に、大久保が訊いてきた。

「―――あまり、似てないな」

「?」

 何の話だ、と言おうとして俺は奇妙な感覚に襲われていることに気付いた。なにか、ちがう。

「…?!」

 唇が急激に重くなって、思ったように動かない。

 やがて指が震えてゆっくりと腕が下がっていき、指間に挟んでいた煙草が床に落ちた。

 大久保の脚が伸びて、革靴でそれを潰した。

「貴…様…」

 これが俺の声だろうかと思うほど、上ずっている。喉も凍り付いて上手く動かせないのだ。

「あまり動くなよ」

 上半身を床に向けて長い腕を伸ばし潰した煙草をとって灰皿に投げて、大久保は事も無げに言った。

「阿片は呼吸中枢を抑制するそうだから」

 ……阿片……

 大久保の声がそれまでとは違って聞こえた。なにか、知らない感覚を刺激されて、初めてのことに神経が過剰に反応させられたとでもいうか。

 俺を観察する視線すら、違ったものに感ずる。そんな俺を余裕で眺めながら大久保が続けた。

「他の成分も混じっているし、阿片だけでも皮膚刺激なんかを与えれば呼吸の停止はないらしいがな。が…動かんほうがいい」

 科白の所為だけでなく、腕が震えてきた。肌がじっとり湿る感じがして、俺は恐怖している自分に気がついた。

 脈が、遅い。心臓の音が頭蓋に重く大きく響いてくる。

「…っ、っ…!」

 怒りで何もいえない。唇は凍ったまま、同時に猛っていた。

「…!」

 大久保が動いた。正確には、咥えていた煙草を棄てて手を伸ばし、動かせない俺の左腕を掴んで自分のほうへ引き寄せた。

「っ」

 俺が倒れこんだのは、大久保が腰掛ける机。そこに仰向けに押し倒されて、背中や肩が硬い木にぶつかった。

「なんの真似だ!」

 やっと口が動いた。口だけが自由らしかった。

 大久保は自分のタイを緩め、シャツの上のほうのボタンを外した。

「……分からんか? お前を生かしてやろうと言ってるんだ」

 そのままではいずれ死ぬからな。

「こんなところで死にたくないだろう?」

 言葉とは裏腹に、大久保は笑っていた。それは自分でも覚えのある“雄”の貌だった。

 大久保は細長い腕を伸ばして俺の服に手をかけた。

「やめろっ」

「なら、抵抗のひとつでもしたらどうだ…」

 低い声が顔にかかって、そのまま被さってくる。俺の体は首から下がどこも動かせなくなっていた。

 髭が近づいてくる。あっと思ったときには既に距離がなくなっていて、

「ンぅ…!」

 唇が重ねられた。だけでなく、やたら熱い舌が割り込んできて口腔内を舐めまわした。そのあいだにも大久保の手が忙しなく動いて、俺の胸を肌蹴ると下の衣服を剥いだ。

 最後の一枚が取られると、室内の冷気に鳥肌がたった。

 …いや、冷気の所為だけでは、なかった。

「くっ…」

 大久保が胸の突起を弄(いじ)くってくる。大久保の指は冷たいのに、皮肉なことにそこはいつもよりも敏感になっていた。

「…効いているらしいな。ここもか…?」

 言って別の手で既に露になっている“俺”に触れてきた。触れられて、信じられないがそれは大久保の膚に吸い付いていった。信じたくないのかもしれない。

 顔を背けたくても、首は少ししか動かなかった。仕方なく目を反らした。その動きを氷の視線が追っていた。

「ほぅ…きちんと感じているわけだな…」

 言いながら大久保は“俺”を弄った。そこが一気に熱を帯びて目の前の男に昂ぶらされていく。

「ん…ぅ!」

 背中が反り返る。裸の肩が机にあたって痛いだけだった。

「う…く…っ」

 大久保が俺を見ている。真上から俺の“目”を見て、それが欲に塗(まみ)れていくのをみている。

 視界が涙で歪んだ。同時に別の手が俺の頚を撫でて、びくりと応じてしまった。俺はどうしようもなく昂ぶらされていた。

 目を閉じようとした。あいつの視線が嫌だったから。だが、瞼が動かない。容赦ない視線に晒されたまま俺はそのときを迎えた。

「あぁっ!」

 一度昇り…躯が弛緩する。乱れた息が大きく開いた口から漏れた。俺は少し、楽になった。

 だが俺に余韻を与えることなく、大久保は俺に塗れたほうの手をそのまま奥のほうへと滑らせた。それが何を意味するかが分かって、俺は心底怯えた。

「や、めろ…ッ!!」

 俺の声とは反対に、寧ろ愉しむように大久保の指が入り込んでいく。躊躇うことなく内壁を探って指の関節を曲げ、狭いそこを拡げようとする。

「アァ…ッ!」

 指が増えた。上下に動くそれに俺の壁が絡み付いているようだった。蠢くたびに動かせないはずの足首と膝が跳ねて、さらに躯が開いた。

 それを、大久保が見ていた。俺を真上から覗き込んで自分も机に上り、俺の膝の裏を掴んで思うが侭に持ち上げて更に左右に開いた。

「…力を抜くんだ。息だけしていればいい」

「う…」

 言われたところで、力を入れることも抜くことも侭ならないのだ。それを知っているだろうに、この男は言葉でこんなときでも弄ってくる。

 そっと、大久保が入ってきた。が、途中まで来て、いきなり強く腰を押し付けた。

「アッ……やぁっ!!あぅ…!」

 深く、なぜと思うほど深く貫かれる。そのたびに俺に被さっている大久保の髪の毛が頬を逆撫でて、あらゆる感覚が散り散りになっていった。

 大久保は俺の肩を抱いた。項に吸い付いて舌で愛撫する上半身とは正反対に、下半身を激しく動かしていた。

 こんなに動いていても大久保の肌は冷たい。温度をもたない机との間に挟まれた俺と、俺のなかの大久保だけが狂ったように熱かった。

「ああッ、あ、やめ…!!」

 俺が熱いだけのか…それともこの男の所為なのか、分からない。ただ、繋がったそこだけが焼けつきそうだった。

 こんなの、知らない。人を斬るときくらいしか、こんなではない。

「…!」

 そこで俺は、この部屋に入って大久保を最初にみたときの感覚を思い出した。

 ソウダ。

 絡んでいるのは、血の匂い。

 たぶん俺よりも濃い。

 ―――――こいつは、にんげんの仮面を被った、化け物。

「! 殺…してやる…ッ! 殺して…っ!」

「黙れ。そのまま啼いていろ」

「っ!!」

 大久保の動きが激しくなる。突き上げられるたびに更に欲情させられ悔しくて滲んでいた涙が零れたが、俺は気を失わないようにするので一杯だった。

 そのあいだにも、自分から発せられているとは信じたくない甘えたような声が部屋中に響いた。



 大久保はまた机の縁に浅く腰掛けている。俺は仰向けになったままだった。

 いつの間に移動していたのか、床に置かれたランプがジジ、と音を立てた。弾かれたように、俺は起きようとした。

「動くな。呼吸が止まると言っただろう」

「……っ」

 振り返った大久保の白い指が影を帯びて、未だ自由の利かない俺の胸に触れてくる。肌から伝わる体温はやはりなく、薬のせいだけでなく俺は震えた。

 突起に、ふれてくる。濡らした指でそこを穿られた俺を貫いたのは、既に恐怖だけではなかった。来る、という本能。それが脳髄に浸透してゆく。腿が震えて、“大久保”が俺のなかから出てきて下のほうへ滑った。

 生温い。…気持ちが悪い。

 頬がひくついた。喉は渇ききっていた。

 大久保が俺の反応を見て、また近づいてくる。机に腰掛けたまま大久保は陰影の濃い顔を伏せてきて、容貌のうちそこだけ感情が見えそうでやはり見えない瞳でまだ動けない俺を覗き込み、

「…っは…ぁ」

 俺の唇を舐めて、冷たい唇を押し付けた。

 同時に腰に氷の掌があてがわれる。数度撫で回していたが俺の“なか”が疼いて下半身が震えた瞬間そこを掴み、再び俺のうえに乗りあがった。